映画評「明日に向って撃て!」(1969年/アメリカ)

1969年/アメリカ/111分 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 撮影:コンラッド・L・ホール 音楽:バート・バカラック 製作:ジョン・フォアマン 製作総指揮:ポール・モナシュ 脚本:ウィリアム・ゴールドマン 出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス/ストローザー・マーティン

無声映画からセピアカラー。すでに過ぎさった西部の風景だ。最初の馬に乗った場面で、セピア色からだんだん色がついて明るい西部の風景が広がっていく場面が美しい。あまりにも美しい西部の夢の風景だ。優しい色使いが、なぜか私を懐かしい気分にさせる。どんな最新の技術をもってしても表現しきれない雄大なロマンを感じさせる。荒野をかけぬけていく2人の男。ここは、西部である。サンダンス・キッドはロバート・レッドフォードである。夢見がちな表情を浮かべ、すでに存在を忘れた開拓時代の荒野を生きているかのようだ。心がそこになく、反射として、惰性としてそのまま強盗稼業を続けているかのようだ。すぐにでも撃ち殺し、すぐにでも撃ち殺されてしまいそうだ。ブッチ・キャシディはポール・ニューマンである。開拓時代にこのような男がいたら、生きていられないはずだ。現代的だ。繊細でユーモアを併せ持ち、どこかで自分やこの時代を客観視している。主人公は、強盗である。本来の西部劇なら撃ち殺される側だ。2人の性格を考えると、今まさに殺されどきのような雰囲気を感じる。すでに冒険を終えて、どこかの国でのハッピーエンドを待ち望んでいる。巨大な体制に抗う者が無惨に殺される。アウトローの終焉。偉大なる西部が滅んでいく。たくさんの悪者を拳銃で撃ち殺す開放感はない。全編に渡り逃避行を続けるだけである。もはや逃げる場所もこの国には用意されていない。取り残されて、追い立てられて、疎外されていく。アメリカンニューシネマである。保証され、許されたはずの夢がない時代だ。保安官の演説が、自転車商人の売り文句にかわる時代である。「もう手遅れだな。お前らは長生きしすぎたのさ。名前は売れてるかもしれんがケチな悪党に変わりはねえ。お前は愛想がいいしキッドは早撃ちだ。でもお上に追われてる悪党なんだよ。もうお前らの時代は終わったのさ。どうもがいてみても血まみれになって死ぬんだ」あの追手は、完全に、時代だ。時代の足音というやつだ。誰にも逃れる術はない。1890年代と1969年。開拓時代の終焉が、現代アメリカの時代の空気と一体化している。映画館の暗闇に、現代で疎外された観客たちが荒野で疎外された強盗たちを眺めにいく。需要と供給の関係。その関係が時代の感覚を完璧に捉えた時、普遍性を持つ。2012年の私が見ても共感できる。この共感には、音楽の力も大きい。最初に流れるBGMは、どこか物悲しい。最後も同じ曲である。さらに自転車のシーンに流れるのが「雨に歌えば」である。西部劇とは全く違う音楽を持ってきたセンスの良さがある。この音楽のせいで、西部劇の印象よりも、現代アメリカ映画の印象のほうが強くなる。西部劇を舞台にしつつも、扱っているテーマが西部劇とは違う。それを音楽の力で表現している。映像もまた素晴らしい。ほとんど、どのシーンを切り抜いてみても強烈な印象を残す絵になっている。絵が映画になっている。今見ても色あせないどころか、新しい感覚がある。強烈な光を当て、背景を柔らかくぼかして人物を浮かび上がらせる。撮っていて楽しかっただろうな、と思えるシーンがいくつもある。セピア色の冒頭、ベルトの銃を弾き飛ばす、列車の屋根に乗って走る、自転車の幸福感、列車大爆発、渓谷への飛びこみ。水の中に倒れた自転車の車輪が回りながらセピア色になっていくシーンが美しい。列車が爆発した時の破片の飛び散りが美しい。ボリビアの山賊たちが土ぼこりをあげて倒れ、美しい日光を浴びている。最後のシーンも、文字通り、絵になる美しさである。情報量がとてつもなく多く、どれもが丁寧に撮られている。撮影はコンラッド・L・ホール。撮影自体がガンマンのような的確さである。列車を何度も爆発できるわけでもなく、撮り直しが何度もきかないように見えるシーンが非常に多い。それでもカメラの台数や種類やアングルに工夫をこらして、最高のカットをきちんと撮れているのがすごい。ラストシーンは追いつめられる。そこで2人の会話が始まる。絶望的でありながらも独特の楽観主義。人間のたくましさを感じる。とどろく銃声。救いもなく、平和になるわけでもなく、ライバルを倒すわけでもなく、インディアンを倒すわけでもなく、ただ、撃ち殺されるだけだ。飛びでた瞬間、絵のように動きが止まる。負けたのか、負けるために生きるのか。それでも飛びだすのか。惨殺が重要ではなく、飛びでた瞬間が重要なのだ。負けるかもしれない。負けたかもしれない。それでも飛びだしていく生命力。そこに勇気づけられた。