
Open RANへの道のり:AIとクラウドが切り拓く通信業界の未来
通信業界では今、Open RANが大きな注目を集めています。柔軟性、拡張性、そしてコスト効率を求める通信事業者たちにとって、Open RANは次世代ネットワークを実現する重要な選択肢となっているのです。
2025年12月19日、The Network Media Group(NMG)のAbe Nejad氏の司会により、業界をリードする専門家たちが集まり、Open RAN展開におけるAIとクラウドネイティブアーキテクチャの役割について議論が交わされました。登壇したのは、NTTドコモのネットワーク仮想化プラットフォームディレクターである中島義博氏と、Rakuten Symphonyのポートフォリオ戦略責任者であるAttila Horvat氏です。
https://youtu.be/Xxw1cbmGMo8
動画の説明:AI、クラウド、Open RANは、通信ネットワークの拡張と統合のあり方を再定義しています。楽天シンフォニーとNTTドコモのリーダーたちが、マルチベンダー環境や既存システムとの統合という課題を乗り越えながら、いかにして俊敏性、自動化、コスト効率を実現するかについて、知見を共有します。
AIがOpen RAN展開を加速する
このセッションで強調されたのは、AIがOpen RANの「自動化エンジン」として機能するという点です。AIは膨大なパラメータセットを調整し、性能の低下を検知し、意図ベースのアクションを実行することで、大規模展開のスピードを劇的に向上させます。
クラウドネイティブの基盤技術(コンテナ化されたワークロード、マイクロサービス、そしてCI/CD)により、最小限の手動操作で、無駄のない高度に自動化されたオペレーションが可能になります。これにより、Open RANは単なるプロジェクトからプラットフォームへと進化するのです。
ブラウンフィールド展開の現実的課題
特に注目すべきは、既存ネットワーク環境(ブラウンフィールド)における展開の難しさです。新規構築とは異なり、既存の通信事業者は複数世代、複数ベンダーが混在するシステムを調整しなければなりません。ハードウェア中心の運用から、ソフトウェアファーストのエンジニアリングへの転換が求められます。
さらに、厳格なリアルタイム要件を満たすキャリアグレードのエッジ/クラウドインフラを構築する必要があります。成功のカギは、スキルの変革(ネットワークエンジニアがソフトウェア/自動化のオーナーになること)と、本番環境レベルのクラウドの大規模展開の両方にあると専門家たちは強調しました。既存ネットワーク環境(ブラウンフィールド)でのOpen RAN導入こそが通信業界にとっての真の挑戦です。
相互運用性という永続的な課題
Open RANにおいて、相互運用性は依然として最大の課題の一つです。システムの分解により、統合と信頼性のトレードオフが事業者側に移行します。3GPP、O-RAN Alliance、ETSI NFVなどの標準化団体は、共通のデータモデルとインターフェースを提供するために不可欠な存在です。
同時に、Kubernetesネイティブの新世代ツール(rApps/xApps、宣言的自動化、GitOps/CDパイプライン)は、スピードと新たな価値を提供しますが、無計画に採用するとアーキテクチャが断片化する危険性があります。実用的なアプローチは、オープンスタンダードを基盤とし、革新的なソリューションを選択的に試験導入し、新たなサイロを作らないことです。
ビジネスケースの強化
ネットワークがSLA駆動でスライス対応になるにつれて、ビジネスケースも強化されています。クラウドネイティブなOpen RANとAIを活用することで、通信事業者は特定のセグメントをエンドツーエンドで設計し保証できるようになり、コスト効率を改善しながら新しいサービスを提供できるようになります。
ベンダー各社には、単なる製品提供者ではなく、コンサルティングパートナーとしての役割が期待されています。事業者が霧を見通し、新興ソリューションを評価し、長期的な安定性を損なうことなく効果的なものを拡大できるよう支援することが求められているのです。
セッションから得られた重要な知見
このセッションからは、以下のような重要なポイントが浮かび上がりました。
AIは加速装置である:パラメータ最適化、異常検知、意図ベースのアクションにより、Open RANの展開と調整サイクルが短縮されます。
クラウドネイティブが再現性を実現する:コンテナ、マイクロサービス、CI/CDにより、無駄のないオペレーションと迅速かつ安全な変更が可能になります。
ブラウンフィールドが真の戦場である:成功は、ソフトウェアファーストのスキル、大規模なリアルタイムクラウド、規律ある統合にかかっています。
標準化してから拡張する:3GPP/O-RAN/ETSIモデルを基幹として使用し、明確で保守可能な価値を追加するスタートアップツールを試験的に導入します。
保証による収益化:スライス/SLA指向の設計により、システムの分解を差別化された費用対効果の高いサービスに変換できます。
成果に向けたパートナーシップ:ベンダーを単なる製品提供者ではなく、グローバルな知見をもたらすアドバイザーとして扱います。
Rakuten SymphonyのAttila Horvat氏は、次のように述べています。「私たちは、非常に無駄がなく、最小限の手動介入と高度な自動化を備えた、実際に機能するものを展開しました。この成功の実現要因は、Open RAN、クラウドネイティブアーキテクチャ、AIです。AIは次の段階において即座に活用できる技術なのです」
まとめ
APAC地域全体でOpen RANの勢いが増す中、AIとクラウドネイティブアーキテクチャの組み合わせは、通信事業者に前例のない柔軟性と効率性をもたらしています。既存ネットワーク環境における課題は依然として存在しますが、適切な戦略とパートナーシップにより、Open RANは単なる技術的選択肢から、ビジネスを変革するプラットフォームへと進化しつつあります。通信業界の未来は、オープンな標準、インテリジェントな自動化、そしてクラウドの力によって形作られていくことでしょう。

私見と考察:技術革新の光と影。通信業界が直面する本質的な課題
このセッションで語られた内容は、表面的には希望に満ちた技術革新の物語のように見えます。しかし、業界の動向を注意深く観察すると、そこには語られなかった困難や、解決すべき深刻な問題が数多く潜んでいることに気づきます。
AIは本当に「魔法の杖」なのか
セッションではAIがOpen RAN展開の「加速装置」として位置づけられていますが、この楽観的な見方には慎重な検証が必要でしょう。確かに、AIによるパラメータ最適化や異常検知は理論的には素晴らしい機能です。しかし、実際の通信ネットワークにおいては、AIモデルの学習に必要な膨大なデータセット、モデルの精度を保証する仕組み、そして何よりも「説明可能性」という課題が立ちはだかります。
特に気になるのは、AIが誤った判断を下した場合のフェイルセーフメカニズムについて、このセッションではほとんど言及がなかった点です。通信ネットワークは社会インフラです。AIの「ブラックボックス」的な意思決定が、重大なサービス障害を引き起こす可能性について、業界はもっと真剣に議論すべきではないでしょうか。
クラウドネイティブの理想と現実のギャップ
「コンテナ、マイクロサービス、CI/CD」という言葉は、まるで魔法の呪文のように唱えられています。しかし、これらの技術を既存の通信事業者環境に導入することの困難さは、想像を絶するものがあるはずです。
通信業界には長年培われた「99.999%の可用性」という文化があります。一方、クラウドネイティブの世界は「失敗を前提とした設計」という哲学を持っています。この二つの文化をどう融合させるのか。セッションでは「スキルの変革」という言葉で片付けられていましたが、これは単なる技術教育の問題ではありません。組織文化、評価制度、キャリアパス、さらには労働組合との交渉まで含む、組織全体の変革を意味しているのです。
大手キャリアが、何万人もの従業員を「ネットワークエンジニア」から「ソフトウェア/自動化のオーナー」へと転換することは、技術的挑戦というよりも、むしろ組織変革の巨大プロジェクトと言えるでしょう。この過程で、どれだけの摩擦が生じ、どれだけの人材が取り残されるのか。そうした人間的な側面について、業界リーダーたちはもっと率直に語るべきだと感じます。
ブラウンフィールドという「避けられない戦場」
セッションで「ブラウンフィールドが真の戦場である」と述べられた点は、極めて正直で重要な指摘です。しかし、この戦場がどれほど過酷なものかは、おそらく十分には伝わっていません。
既存ネットワークは、まさに「技術の地層」です。20年前の機器、10年前のプロトコル、5年前のソフトウェア、そして最新のクラウド技術が、すべて同時に稼働しています。これらを「シームレスに統合」するという言葉は美しいですが、現実には無数の例外処理、パッチ、そして「動いているから触らない」という暗黙のルールで成り立っているのが実態ではないでしょうか。
ここで興味深いのは、Rakuten Symphonyの立ち位置です。楽天モバイルは基本的にグリーンフィールドで構築されたネットワークであり、ブラウンフィールドの苦しみを直接経験していません。Horvat氏の「私たちは機能するものを展開した」という発言は事実でしょうが、それが既存キャリアにそのまま適用できるかは別問題です。むしろ、楽天モバイルの経験は「ゼロから構築できるなら、こうすべき」という理想形を示しているに過ぎず、既存キャリアにとっては「羨ましいが真似できない」事例かもしれません。
相互運用性という「永遠の課題」
Open RANの最大の約束は「マルチベンダー環境」です。しかし、これは同時に最大のリスクでもあります。セッションでは標準化団体の重要性が語られましたが、標準化のプロセスは遅く、政治的で、しばしば現実の技術進化に追いつきません。
さらに深刻なのは、「誰が責任を取るのか」という問題です。従来の統合ベンダーソリューションでは、問題が発生した際の責任の所在は明確でした。しかし、Open RANのマルチベンダー環境では、RU、DU、CUがそれぞれ異なるベンダーから供給されている場合、ネットワーク障害が発生したとき、誰が原因を特定し、誰が修正するのでしょうか。
「ベンダーをコンサルティングパートナーとして扱う」という提案は理想的ですが、現実のビジネス関係においては、各ベンダーは自社の製品を守ろうとするでしょう。結果として、通信事業者が「統合者」としてのすべてのリスクを背負うことになるのではないか。この点について、業界はもっと正直に語るべきです。
ビジネスケースの「隠れたコスト」
セッションでは、スライスやSLA指向の設計により新しい収益機会が生まれると語られていますが、これには疑問符がつきます。確かに技術的には可能でしょう。しかし、顧客は本当にネットワークスライスに対して追加料金を支払う意思があるのでしょうか。
消費者市場を見れば、「無制限」「定額」が標準になっています。企業市場においても、複雑なSLAベースの価格設定は、営業の負担を増やし、契約交渉を複雑化させます。技術的に可能なことと、ビジネスとして成立することの間には、大きなギャップがあります。
さらに、Open RAN導入の「隠れたコスト」についても考える必要があります。統合コスト、テストコスト、運用の複雑化、専門人材の確保と育成、そして何よりも「失敗のコスト」。これらを総合的に考慮したとき、Open RANは本当にコスト効率的なのでしょうか。少なくとも短期的には、むしろコストが増加する可能性が高いのではないかと思われます。
地政学的リスクという「語られない現実」
Open RANの推進には、純粋な技術的・経済的理由だけでなく、地政学的な動機も大きく影響しています。特定の国のベンダーへの依存を減らしたいという各国政府の意向が、Open RAN推進の強力な原動力になっています。
しかし、これは両刃の剣です。技術的な最適解よりも、政治的な考慮が優先される場合、ネットワークの性能や信頼性が犠牲になる可能性があります。また、Open RANエコシステム内でも、新たな「覇権争い」が起こる可能性があります。結局、真の「オープン性」は達成されず、別の形の依存関係が生まれるだけかもしれません。
イノベーションのジレンマ
通信業界は今、クラシックな「イノベーションのジレンマ」に直面しています。既存の安定した技術(従来のRAN)から、不確実性の高い新技術(Open RAN)への移行を迫られています。
経営者の視点からすれば、既存システムが問題なく動いているのに、なぜ巨額の投資をして、リスクの高い新技術に移行しなければならないのか。短期的な株主価値を考えれば、現状維持が合理的な選択に見えるでしょう。
一方で、長期的視点では、技術的負債の蓄積、ベンダーロックイン、そして競争力の低下というリスクがあります。この短期と長期の利益の対立をどう解決するのか。セッションでは語られませんでしたが、これこそが通信事業者のトップマネジメントが悩んでいる核心的な問題ではないでしょうか。
標準化と差別化の矛盾
Open RANは「標準化」を推進しています。しかし、ビジネスの観点からは、通信事業者は「差別化」を必要としています。すべてが標準化されたコモディティになれば、価格競争に陥り、利益率は低下します。
この矛盾をどう解決するのか。おそらく答えは、ネットワーク自体ではなく、その上で提供されるサービスやアプリケーションで差別化するということでしょう。しかし、それは通信事業者の役割が「土管」になることを意味します。果たして通信事業者は、この新しい役割を受け入れる準備ができているのでしょうか。
環境への影響という見落とされた視点
このセッションでは全く触れられていませんでしたが、Open RANの環境への影響も考慮すべき重要な要素です。クラウドネイティブアーキテクチャは、多くの場合、専用ハードウェアよりもエネルギー効率が悪い可能性があります。
汎用サーバー上で仮想化された環境で動作するソフトウェアは、専用設計されたハードウェアと比較して、同じ処理を行うのにより多くの電力を消費する可能性があります。カーボンニュートラルが叫ばれる時代に、この点を無視することはできません。
結論:現実的な期待値の設定を
Open RANは確かに魅力的な技術です。AIとクラウドネイティブとの組み合わせは、理論的には大きな可能性を秘めています。しかし、この記事で紹介されたセッションのような業界イベントでは、どうしても「成功物語」が強調され、困難や不確実性が軽視される傾向があります。
実際には、Open RANへの道のりは、セッションで語られたよりもはるかに長く、険しく、コストがかかるものになるでしょう。技術的な課題だけでなく、組織的、文化的、経済的、そして政治的な課題が複雑に絡み合っています。
重要なのは、過度な期待を持たず、現実的な視点で一歩一歩進むことです。そして何よりも、失敗から学ぶことを恐れない文化を育てることが必要でしょう。
通信業界の未来は、確かにオープンで、インテリジェントで、クラウドベースになるかもしれません。しかし、その未来に到達するまでの道のりは、私たちが想像するよりもはるかに複雑で、予測不可能なものになるはずです。業界リーダーたちには、希望だけでなく、現実の困難についても率直に語る勇気を持ってほしいと思います。それこそが、真の進歩への第一歩となるのですから。
The road to Open RAN: AI, cloud and seamless integration
https://symphony.rakuten.com/blog/the-road-to-open-ran-ai-cloud-and-seamless-integration
