
楽天のエージェント型AI戦略が切り拓く未来:Rakuten Technology Conference 2025レポート
2025年11月15日、東京の楽天本社で開催されたRakuten Technology Conference 2025において、楽天のChief AI & Data OfficerであるTing Cai氏が、同社の革新的なAI戦略について発表を行いました。この発表は、日本を代表するテクノロジー企業が描くAIの未来像を示すものとして、大きな注目を集めています。
楽天が推進するハイブリッドAI戦略
Cai氏は基調講演の冒頭で、「楽天の未来は単なるイノベーションではなく、インテリジェントなコラボレーションにある」と力強く宣言しました。同社が採用しているのは「最高のパートナーと提携し、最高のものを構築する」というアプローチです。戦略の具体例として、Anthropic社のClaude Codeを活用したソフトウェア開発の効率化や、OpenAIとの協業による楽天モバイルのカスタマーサービスへの高度なAI音声エージェントの導入が挙げられます。一方で、楽天は独自のAI技術開発にも注力しており、日本を代表するAI企業としての地位確立を目指しています。過去1年間で、楽天は50以上の画期的なAI製品とサービスをローンチしてきました。これらのイノベーションは、社内業務の効率化から顧客体験の向上、さらには加盟店やビジネスパートナーの成長支援まで、エコシステム全体に大きなインパクトを与えています。
エージェント型AIプラットフォーム「Rakuten AI」の展開
2025年7月、楽天はエージェント型AIプラットフォーム「Rakuten AI」を立ち上げました。このプラットフォームは、楽天Link、楽天市場、楽天トラベルなど、同社の多様な事業領域に展開されており、今後さらなる拡大が計画されています。カンファレンスでは、Cai氏が複数のAI製品専門家をステージに招き、最新のAIイノベーションの実践的なデモンストレーションを披露しました。これらのデモは、AIが単なる概念ではなく、実際に顧客の生活を変える実用的なツールとして機能していることを示すものでした。
楽天モバイルのカスタマーサービスを革新するAI
2025年11月7日時点で950万契約を突破した楽天モバイルは、顧客体験を大幅に向上させる先進的なAI技術を導入しています。Cai氏は「楽天のエージェント型AIへの初期の、そして最も成功した取り組みの一つが、現在バージョン2.0となっている楽天モバイルAIアシスタントの開発だった」と説明しました。このAIアシスタントは、オンラインと実店舗でのショッピング体験のギャップを埋めるために設計されました。従来、実店舗の顧客は特別オファーやデバイスオプションを見逃すことが多く、一方でオンライン購入者は店舗スタッフが通常提供する個別のガイダンスを受けられませんでした。楽天の会話体験マネージャーであるDuc Thuan Ngo氏がステージに登壇し、AIカスタマーサービスが音声チャットと直感的な自然言語インターフェースを活用して、シームレスなナビゲーションを実現する方法を実演しました。デモでは、一般的なユーザーが検討、契約、カスタマーサポートという3つの購買段階すべてを、プラットフォームの音声およびテキストチャットインターフェースを通じて進められることが示されました。
デバイス上で動作する「Rakuten AI for Desktop」の登場
Rakuten Technology Conferenceの数日前、楽天はパーソナルコンピューティングと人工知能における大きなマイルストーンを発表しました。HP Japanとの協業により、「Rakuten AI for Desktop」を発表したのです。これは、ユーザーが初めてオンラインとオフラインの両方で楽天のエージェントにアクセスできるデバイス上のインテリジェントなAIプラットフォームです。このプラットフォームは、2026年春から夏にかけて日本国内のHPのコンシューマー向けおよび商用デバイスにプリインストールされる予定です。楽天の大規模言語モデルがデバイス上で直接動作することにより、クラウドとローカルデバイス間のシームレスな移行が可能となります。楽天のAI製品責任者であるRaju Vasanth氏は、このプラットフォームが東京への出張準備をどのように支援するかをデモンストレーションしました。楽天トラベルでホテルを探すことから始まり、機内のオフラインモードでメールを要約してレポートを作成し、最終的に現地でプレゼンテーションを作成して翻訳するまでの一連の流れが示されました。Vasanth氏は、「Rakuten AI for Desktopはタスクをローカルデバイス上で直接実行することにより、プライバシーを強化します」と述べました。「これは本当にどこにでも持ち運べるインテリジェンスであり、機密データや重要なデータを管理するための強力なソリューションを提供し、ブラウザベースの生成AIプラットフォームに依存することへの懸念を解消します」と続けました。
楽天市場でAIがもたらすシームレスなショッピング体験
楽天市場も、モバイルアプリ内でAI搭載のショッピングアシスタントをソフトローンチし、選ばれたユーザーによりパーソナライズされた直感的なショッピング体験を提供しています。検索製品の副シニアマネージャーであるEmily Zhao氏がステージに登壇し、ショッピングエージェントが最初の曖昧なクエリをどのように処理し、選択肢を絞り込み、最終的に幼い息子への完璧な誕生日プレゼントを見つけるかを実演しました。楽天市場モバイルアプリ上の楽天AIは、ユーザーの意図を分析し、関連する詳細を調査し、主要な要素を特定し、製品比較をサポートすることで、意思決定を簡素化しています。この主要なeコマースプラットフォームは、年末までに全ユーザーにこの機能を展開し、日本全国の数百万人のショッピング体験を向上させる計画です。
日本と楽天のエージェント型AI未来を牽引
Cai氏は展望について、「将来的には、楽天エコシステム全体にエージェントが遍在する未来を思い描いています」と語りました。「これらのエージェントは、日常生活をより生産的にし、ショッピング、フィンテック、モバイルまで楽天グループサービスへのアクセスを簡素化するだけでなく、ユーザーの生活のあらゆる側面を向上させるプロアクティブなアシスタントとしても機能します」と続けました。2025年初頭、楽天は経済産業省(METI)と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)により、日本の生成AI能力を向上させるGenerative AI Accelerator Challenge(GENIAC)プロジェクトに参加する企業として選定されました。GENIACの下で、楽天はメモリ機能を大幅に拡張するように設計された最先端のオープンウェイトAI基盤モデルの研究開発への投資を継続しています。楽天が日本のエージェント型AIの未来を切り拓き続ける中、次の章の焦点は、ハイパーパーソナライゼーションとユーザーメモリによる人間とAIの関係の深化にあります。これらの進歩により、インテリジェントエージェントは単純な対話を超え、ニーズを予測し、好みを記憶し、プロアクティブに行動することで、楽天エコシステム全体にわたってシームレスな体験を提供できるようになります。楽天の取り組みは、単に一企業のAI戦略にとどまらず、日本全体のAI技術の発展に貢献するものとして期待されています。今後の展開に注目が集まっています。

私見と考察:楽天のエージェント型AI戦略が切り拓く未来
楽天のAI戦略は、単なる技術導入に留まらず「エコシステム全体をAIで再定義する」という野心的かつ現実的なビジョンに基づいているように見えます。「エージェント型AI」への注力は、今後のAI活用における最も重要な潮流の一つを先取りし、同社の競争優位性を高める決定打になる可能性があります。
ハイブリッド・アプローチの真意と強み
楽天の「最高のパートナーと提携し、最高のものを構築する」というハイブリッド戦略は、非常に理にかなった現実的なアプローチです。
垂直統合 vs. 水平連携:GoogleやMetaが巨大な単一モデルを自社で開発・独占しようとする「垂直統合」型の戦略を取る一方、楽天はAnthropic (Claude Code) やOpenAIとの協業を取り入れています。「土台となる大規模言語モデル(LLM)は外部の最先端技術を活用し、その上に楽天の独自データとエコシステムを組み込んだエージェント層を構築する」という「水平連携」に近い戦略です。このアプローチは、LLM開発競争の熾烈さから距離を置きつつ、恩恵を最大限に享受できる賢明な選択です。楽天の競争力の源泉は、LLMそのものではなく「950万契約超の楽天モバイル、楽天市場、トラベル、フィンテックなど、多岐にわたる巨大なユーザーデータとサービスの連携性」にあります。エージェント型AIは、この強みを最大化するためのインターフェースとして機能します。
独自開発の意義(GENIACプロジェクト):一方で、経産省のGENIACプロジェクトに参加し、メモリ機能を拡張したオープンウェイトモデルへの投資を続けることは、将来的なリスクヘッジと技術主権の確保を意味します。パートナーの技術に完全に依存せず、特に機密性の高い「ユーザーメモリ」や「ハイパーパーソナライゼーション」といった、差別化の核心となる部分は自社技術でコントロールする意図が見えます。
エージェント型AIの実現する価値
楽天が提唱する「エージェント型AI」の未来は、従来のチャットボットや単なる検索アシスタントとは一線を画します。
顧客体験のシームレス化(脱・サイロ化):記事のデモに見られるように、楽天モバイルAIアシスタントがオンラインと実店舗の体験のギャップを埋める、あるいは楽天市場のショッピングエージェントが「曖昧なクエリ」から「完璧なプレゼント」へ導く流れは、楽天エコシステム内のサービスのサイロ(縦割り)を崩す効果を持ちます。ユーザーは、楽天モバイルの契約内容をAIに尋ねつつ、そのAIに「ついでに次の旅行の予約も手伝って」と指示できるようになる未来です。エージェントは、サービス間の摩擦係数を極限まで減らし、ユーザーの「生活のプロアクティブなアシスタント」になるというCai氏の言葉は目標を端的に示しています。
Rakuten AI for Desktopのインパクト:HPとの協業によるデバイス上AIのプリインストールは、非常に戦略的です。プライバシーとオフライン機能: ローカル実行は、機密データ処理の懸念を解消し、ブラウザベースAIとの差別化要因となります。出張デモの例のように、機内などのオフライン環境でタスクをこなせることは実用性が高い。
タッチポイントの拡大:PC起動時からのデフォルトの「知性」として楽天AIがユーザーの日常に入り込むことで、検索エンジンやブラウザといった従来のデジタルな入口(ゲートウェイ)を迂回し、楽天サービスへの動線を確保できます。これは、他の巨大テック企業との競争において大きなアドバンテージです。
日本のAI戦略における楽天の役割
楽天がGENIACに選定されたこと、日本市場でデバイス搭載AIの協業を推進している事実は、同社が単なる一企業を超えた、日本のAIインフラの一翼を担う存在になりつつあることを示唆しています。
データと言語の優位性:楽天は、日本固有のEC、モバイル、金融データという質の高い日本語データセットを保有しています。これらはグローバルLLMが不得手とする日本市場特有のコンテキスト(例:商習慣、きめ細やかなサービス、複雑な漢字文化)を理解し、最高の性能を発揮するAIエージェントを構築するための生命線となります。
未来の焦点:ハイパーパーソナライゼーションとユーザーメモリ: 楽天の次の目標が「ハイパーパーソナライゼーションとユーザーメモリ」にあるのは、非常に重要です。エージェント型AIの最終形態は「ユーザーの過去の行動、好み、購買履歴、家族構成(=メモリ)を総合的に記憶し、予測的に行動する」ことです。この「メモリ」が楽天エコシステム全体で共有されるとき、その利便性とロックイン効果は計り知れないものになります。「機密データや重要なデータを管理するための強力なソリューション」としてのAI for Desktopの役割は、このパーソナルメモリを安全に守るという点で核心的な意味を持ちます。
エコシステム・インテリジェンスの覇者へ
楽天のAI戦略は、単体の技術力で勝負するのではなく、AIエージェントというインターフェースを通じて、巨大なエコシステム全体を一つの統合されたインテリジェントなサービスへと昇華させることに主眼が置かれていそうです。2026年のデバイス搭載AIの展開や、年末までの楽天市場での全ユーザー展開といったロードマップの具体性から見ても、楽天はAIを「未来の技術」ではなく、足元のビジネスと顧客体験を根本から変えるための実行可能な戦略として位置づけていることが伺えます。この取り組みは、日本のeコマースやモバイル、コンピューティング体験の標準を塗り替える可能性を秘めています。
Ting Cai, AI leaders unveil Rakuten’s agentic future: Rakuten Technology Conference 2025
https://rakuten.today/blog/rtc-2025-ting-cai-rakutens-agentic-future.html
