AIとクラウドネイティブネットワークが描く通信事業者の未来像

通信業界において、AIとクラウドネイティブ技術の融合が新たな転換点を迎えています。長年語られてきた「未来の通信事業者」というビジョンが、ついに現実のものとなりつつあるのです。


長年の課題を乗り越えて

通信事業者は何年にもわたり、拡張性の高いクラウドネイティブでAI駆動型のネットワーク運用について議論を重ねてきました。そのビジョンは、シンプルな運用、迅速なイノベーションサイクル、そしてプログラマブルなネットワークによって効率的に支えられる持続可能な新収益源によって定義されてきました。

しかし、このビジョンを実現する道のりは決して平坦ではありませんでした。特に過去10年間、ネットワーク技術への取り組みには多くの困難が伴っていたのです。The Mobile Networkが発行した「Future Telco Report」によれば、この状況が今、大きく変わろうとしています。

編集者のKeith Dyer氏は数か月にわたる取材を通じて、「未来の通信事業者」はもはや遠い理想ではなく、実際のネットワーク、運用、そしてビジネス成果として、多くの事業者において既に形になりつつあると報告しています。


なぜ過去の変革は停滞したのか

同レポートは、過去の変革努力が苦戦した理由を詳しく分析しています。それは野心の欠如ではなく、数十年にわたって構築されてきた運用構造による制約でした。専用ハードウェア、サイロ化されたドメイン、垂直統合型のOSSスタックを中心に構築されたシステムが、変革の足かせとなっていたのです。

善意で進められた標準化の取り組みでさえ、時には複雑さを取り除くどころか増やしてしまう結果となりました。その結果、変化は遅く、コストは上昇し、統合サイクルは長期化し、イノベーションを差別化されたサービスに転換する能力は限定的なものとなっていました。


今、何が違うのか

Keith氏が指摘する現在の状況の特徴は、単一の技術ではなく、運用を可能にする要素の収束にあります。

具体的には以下のような要素です。

5G Standaloneコアを含む真のクラウドネイティブなネットワーク機能、水平的でプラットフォームベースのOSSアーキテクチャ、統合された可観測性と共通データレイヤー、そして端に付け足すのではなく、クローズドな運用ループの内部で適用されるAIと機械学習です。

つまり、先進的な事業者は、何をデプロイするかではなく、どのように運用するかを変えているのです。

レポートでは、AT&T、Boost Mobile、Vodafone、Orange、Deutsche Telekom、Rakuten Mobileなどの組織が、運用の複雑さを管理するのではなく排除するために、ツール、チーム、ワークフローをどのように再構築しているかが記録されています。


再現可能な変革パターンの出現

Future Telco Reportは、最も先進的な事業者に共通する再現可能な変革パターンを特定しています。それは以下の要素で定義されます。

プログラマブルでクラウドネイティブなネットワーク基盤、観測可能で文脈的なネットワーク、アプリケーション、ユーザーデータ、ワークフローやチーム間で水平的に公開されるデータ、そしてビジネスの意図をネットワークの動作に直接結びつけるために適用されるAIです。

この研究は、変革を自己強化的な能力に変えるパズルのピースという文脈で提示されており、変化がより容易になり、時間とともに加速していく様子が描かれています。


なぜ重要なのか

世界中がAI実装に向けて突き進む中、このレポートは地に足のついた視点を提供しています。AIが意味のある価値を提供するのは、その運用基盤が整っている場合に限られるということです。データのアクセシビリティ、可観測性、水平的プラットフォームがなければ、最も高度なAI戦略でさえ停滞してしまいます。

Future Telco Reportは、この準備態勢が何を意味し、事業者が今日どのようにそれを達成しているかについて、詳細な考察を提供しています。

通信業界の変革は、もはや未来の話ではありません。先進的な事業者は既に、AIとクラウドの理想から実行へと移行し、次世代の運用モデルによって力を得ているのです。この動きは、通信業界全体の未来を形作る重要な転換点となることでしょう。

参考資料:
The Mobile Network「Future Telco Report」の詳細については、以下のリンクをご覧ください。  
https://www.themobilenetwork.com/future-telco-report

通信業界の変革に関する私見と考察

レガシーシステムという重荷

通信事業者が抱えてきた構造的な問題の本質について、深く考える必要があります。過去の標準化努力が複雑さを増してしまったという指摘は、極めて示唆に深いものがあります。これは単なる技術的な失敗ではなく、産業全体のアプローチに根本的な問題があったことを示唆しています。

通信業界は長年、「標準化こそが互換性と効率性をもたらす」という信念のもとに動いてきました。しかし実際には、各ベンダーの利害関係が絡み合い、標準規格自体が肥大化し、結果として実装の選択肢が増えすぎて相互運用性が損なわれるという皮肉な状況を生み出してきたのです。

この教訓は、今後の変革においても重要な意味を持ちます。標準化は手段であって目的ではありません。真の目標は運用の簡素化とビジネスアジリティの向上であり、そのためには時に既存の標準から離れる勇気も必要なのかもしれません。


パラダイムシフトの本質

現在起きているのは、単なる技術的なアップグレードではなく、思考様式そのもののパラダイムシフトです。「複雑さを管理する」から「複雑さを排除する」への転換は、一見些細な言葉の違いに見えますが、その背後にある哲学は根本的に異なります。

従来の通信事業者は、増大する複雑さを前提として、それをいかに効率的に管理するかに注力してきました。しかし、それは本質的に守りの姿勢です。複雑さが存在し続ける限り、イノベーションの速度は制約され続けます。

一方、複雑さそのものを排除するアプローチは、攻めの姿勢です。これは単にシステムをシンプルにするという技術的な話ではなく、組織文化、意思決定プロセス、さらには人材育成の方針まで変革することを意味します。

楽天モバイルの例は特に興味深いものがあります。同社は既存のレガシーシステムを持たないという「アドバンテージ」を活かし、最初からクラウドネイティブなアーキテクチャを採用しました。これは、既存事業者にとっては羨望の対象であると同時に、重要な示唆を与えています。つまり、真の変革には既存の枠組みからの解放が不可欠だということです。


自己強化サイクルの重要性

「自己強化的な能力」という概念は、変革の成否を分ける鍵となります。これは、初期の投資が後の変革コストを下げ、変革の速度を加速させるという好循環を生み出すメカニズムです。

従来の通信ネットワークの変革は、しばしば線形的なプロセスでした。一つの改善が次の改善を容易にするのではなく、各改善が独立した困難なプロジェクトとして実施されてきたのです。これでは、変革疲れが組織を蝕み、長期的な変革意欲が失われていきます。

しかし、クラウドネイティブとAIを基盤とした新しいアプローチでは、状況が異なります。共通のデータレイヤーを整備することで、新しいサービスの開発が容易になります。可観測性が向上することで、問題の特定と解決が迅速化します。AIモデルが蓄積されることで、次のAI活用がより簡単になります。

これは、複利効果に似ています。初期の投資は大きいかもしれませんが、その後の各ステップが前のステップの成果を活用することで、変革の速度が指数関数的に加速していくのです。

ただし、この自己強化サイクルを機能させるためには、正しい順序で正しい基盤を構築することが極めて重要です。基盤が不完全なまま応用層に進んでしまうと、後戻りが必要になり、自己強化ではなく自己矛盾のサイクルに陥る危険性があります。


AI幻想からの脱却

現在のAIブームにおいて、多くの企業が陥りやすい罠があります。それは、AIを「魔法の杖」のように捉え、既存の問題を一気に解決してくれると期待することです。しかし、AIは基盤が整って初めて真価を発揮します。

通信業界においても同様です。データがサイロ化され、可観測性が不十分で、システム間の統合が複雑な状況では、どれほど高度なAIモデルを導入しても、その効果は限定的です。むしろ、AIの導入が新たな複雑さの層を追加してしまう危険性すらあります。

したがって、真に重要なのは「AI戦略」ではなく「AI準備態勢」です。これには、データガバナンスの確立、APIファーストの設計思想、マイクロサービスアーキテクチャの採用、そしてDevOps文化の醸成など、地味ですが基本的な取り組みが含まれます。

これらの基盤整備は、AI導入の有無に関わらず、組織のアジリティと効率性を向上させます。つまり、AI準備態勢を整えることは、AI活用の成功確率を高めるだけでなく、組織全体の変革能力を向上させる投資でもあるのです。

多くの企業が「AI戦略」を掲げていますが、その多くは表面的なものに留まっています。本当に問うべきは「我々のデータは統合されているか」「システムは観測可能か」「組織は実験的な失敗を許容できるか」といった基本的な問いです。これらの問いに正直に答えられない組織が、AI導入で成功することは難しいでしょう。


通信事業者の新たな役割

さらに深く考察すると、この変革は通信事業者の産業における役割そのものを再定義する可能性を秘めています。

従来、通信事業者は「接続性の提供者」として位置づけられてきました。しかし、クラウドネイティブでAI駆動型のネットワークは、通信事業者を「デジタルプラットフォームの提供者」へと変貌させる可能性があります。

これは単なる言葉の言い換えではありません。プラットフォーム事業者となることで、通信事業者は単なる帯域幅の販売から、付加価値サービスのエコシステム構築へとビジネスモデルを転換できます。たとえば、エッジコンピューティングサービス、リアルタイムデータ分析、産業用IoTプラットフォーム、さらにはAI APIの提供など、新たな収益源の可能性が開かれます。

ただし、この転換には大きな課題も伴います。プラットフォーム事業は、従来の通信事業とは異なるスキルセット、組織文化、そしてリスク許容度を要求します。また、GAFAMなどの既存プラットフォーム事業者との競争も激化するでしょう。

それでも、通信事業者には独自の強みがあります。物理インフラの所有、規制対応の経験、エンタープライズ顧客との深い関係、そして何よりも信頼性とセキュリティへの高い要求基準です。これらの強みをクラウドネイティブ技術とAIと組み合わせることで、独自の価値提案を構築できる可能性があります。

特に注目すべきは、エッジコンピューティングの領域です。通信事業者は全国に分散した物理インフラを持っており、これは低遅延が求められるアプリケーションにとって大きなアドバンテージとなります。自動運転、産業オートメーション、拡張現実など、次世代のアプリケーションは、クラウドとエッジの連携が不可欠です。通信事業者がこの領域でリーダーシップを発揮できれば、単なる「土管」から脱却し、デジタル経済の重要なプレイヤーとなり得るでしょう。


日本の通信事業者への示唆

日本の文脈で考えると、この変革は特に重要な意味を持ちます。日本の通信事業者は、高品質なネットワークと安定したサービスで世界的に評価されてきました。しかし、その強みが時として変革の障壁にもなり得ます。

「すでに十分に機能しているシステムをなぜ変える必要があるのか」という疑問は、組織内で常に浮上します。しかし、デジタル化が加速する世界において、現状維持は実質的な後退を意味します。

楽天モバイルの挑戦は、日本の通信業界に重要な刺激を与えています。同社の完全仮想化ネットワークは、技術的な実験ではなく、実際に顧客にサービスを提供する商用ネットワークです。これは、クラウドネイティブアプローチが理論ではなく実践可能であることを証明しています。

既存の大手通信事業者にとって、楽天モバイルのようなゼロからの構築は現実的ではありません。しかし、段階的な移行戦略を立て、新しいサービスから順次クラウドネイティブ化していくアプローチは十分可能です。重要なのは、方向性を明確にし、一貫した戦略のもとで変革を進めることです。

また、日本の通信事業者は、国内市場の成熟化に直面しています。人口減少、ARPU(一人当たりの平均収益)の低下、競争の激化など、従来のビジネスモデルの限界が明らかになっています。新たな成長機会を見出すためには、従来の通信サービスの枠を超えた事業展開が不可欠です。クラウドネイティブとAIの基盤は、そのための技術的な土台となり得ます。

日本の通信事業者が持つもう一つの強みは、企業向けビジネスにおける信頼関係です。多くの日本企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める中で、信頼できるパートナーとしての通信事業者の役割は大きくなっています。ただし、そのためには通信事業者自身がDXのロールモデルとなる必要があります。自らがクラウドネイティブとAIを活用して効率化と革新を実現していなければ、顧客に対して説得力のある提案はできないでしょう。

エコシステムの重要性と課題

この変革が単独では成し遂げられないという点も見逃せません。先進的な事業者は、いずれも広範なエコシステムの中で活動しています。

クラウドプロバイダー、ネットワーク機器ベンダー、ソフトウェア企業、システムインテグレーター、さらには大学や研究機関など、多様なプレイヤーとの協業が不可欠です。これは、通信事業者がオープンイノベーションの思考様式を受け入れる必要があることを意味します。

従来の通信業界は、どちらかといえばクローズドなエコシステムでした。主要なベンダーとの長期的な関係を基盤とし、安定性と予測可能性を重視してきました。しかし、クラウドネイティブとAIの世界は、より動的でオープンです。新しいスタートアップが画期的なソリューションを提供することもあれば、オープンソースコミュニティが業界標準を形成することもあります。

この新しいエコシステムで成功するためには、通信事業者自身がオープン性と柔軟性を高める必要があります。API公開、オープンソースへの貢献、スタートアップとの協業など、従来とは異なるアプローチが求められます。

ただし、ここには興味深いジレンマがあります。通信事業者がプラットフォーム化し、エコシステムを構築すればするほど、自社のコアビジネスと他社との境界が曖昧になります。どこまでを自社で行い、どこからをパートナーに任せるか。この戦略的な問いに明確な答えを持たない限り、エコシステム構築は単なる混乱を生むだけに終わってしまう危険性があります。


人材と組織文化の変革

技術基盤の変革と同等か、それ以上に重要なのが、人材と組織文化の変革です。クラウドネイティブとAI駆動型のネットワーク運用には、従来とは異なるスキルセットが必要となります。

従来の通信エンジニアは、特定のベンダー機器の操作やプロトコルの深い理解に長けていました。しかし、これからの時代には、ソフトウェア開発、データサイエンス、クラウドアーキテクチャ、DevOps実践など、より広範なスキルが求められます。

この移行は、単なる再教育では済まない可能性があります。場合によっては、組織の人材構成そのものを変える必要があるかもしれません。通信業界出身者とIT業界出身者が融合し、新しい文化を創造する必要があります。

また、失敗に対する姿勢も変える必要があります。通信業界は「99.999%の可用性」を標榜するように、失敗を極力避ける文化を持っています。しかし、イノベーションには実験が不可欠であり、実験には失敗がつきものです。この二つの価値観をどう両立させるかは、大きな課題です。

一つの解決策は、「二つの速度」のアプローチかもしれません。既存の重要システムは高い信頼性を維持しながら、新しいサービスやプラットフォームは実験的なアプローチを許容する。この二つを適切に分離し、段階的に新しいアプローチの範囲を拡大していくのです。


データ主権とプライバシーの課題

クラウドネイティブとAI駆動型のネットワークは、膨大なデータの収集、処理、活用を前提としています。しかし、ここには大きな社会的、倫理的な課題が潜んでいます。

通信事業者は、ユーザーの通信パターン、位置情報、利用履歴など、極めてセンシティブなデータにアクセスできる立場にあります。これらのデータをAI活用のために利用することは、技術的には可能ですが、倫理的には慎重な検討が必要です。

欧州のGDPRや日本の個人情報保護法など、プライバシー規制は強化される傾向にあります。通信事業者は、技術的な可能性と規制的な制約、そしてユーザーの信頼という三つの要素のバランスを取る必要があります。

この課題に対する一つのアプローチは、「プライバシー・バイ・デザイン」の徹底です。データの匿名化、差分プライバシー、連合学習など、プライバシーを保護しながらデータの価値を引き出す技術が発展しています。これらを積極的に採用することで、ユーザーの信頼を維持しながらAI活用を進めることが可能になります。

また、データガバナンスの透明性も重要です。通信事業者がどのようなデータを収集し、どのように利用しているかを明確に開示し、ユーザーに選択肢を提供することが、長期的な信頼構築につながります。


グローバル競争と地政学的リスク

最後に触れておきたいのは、グローバル競争と地政学的リスクの問題です。通信インフラは国家の安全保障に直結する領域であり、純粋な技術的・経済的判断だけでは済まない側面があります。

5Gネットワークをめぐる米中の対立は、技術が地政学の道具となる現実を浮き彫りにしました。クラウドネイティブとAI駆動型のネットワークにおいても、同様の問題が生じる可能性があります。どのベンダーの技術を採用するか、データをどこに保存するか、AIモデルをどこで学習させるかといった判断が、地政学的な意味を持ち得るのです。

日本の通信事業者にとって、この問題は特に複雑です。技術的には米国や中国のソリューションが先進的である一方、安全保障の観点からは慎重な判断が求められます。また、国内市場だけでは成長が限られる中、海外展開を考える際にも地政学的な配慮が不可欠です。

一つの方向性は、マルチベンダー戦略の徹底と、オープンソースの積極的な活用かもしれません。特定のベンダーへの依存を避け、技術的な主権を確保することで、地政学的なリスクを軽減できる可能性があります。


通信業界の変革

通信業界の変革は、技術の問題であると同時に、戦略、組織、文化、倫理、そして地政学の問題でもあります。クラウドネイティブとAIは強力な道具ですが、それらをどう使うかは、結局のところ人間の判断に委ねられています。

重要なのは、完璧を待つのではなく、方向性を定めて一歩を踏み出すことです。クラウドネイティブとAIへの移行は旅であり、目的地ではありません。その旅路において、学び、適応し、進化し続けることが、未来の通信事業者としての成功の鍵となるでしょう。

同時に、この変革が社会全体にもたらす影響についても、常に意識を向ける必要があります。通信インフラは社会の基盤です。その変革は、経済、社会、文化のあらゆる側面に波及します。通信事業者は、単に自社の利益を追求するだけでなく、社会全体の幸福に対する責任を持っているのです。

その意味で、Future Telco Reportが示す変革の道筋は、単なるビジネス戦略以上のものです。それは、デジタル社会の未来をどう形作るかという、より大きな問いへの一つの答えなのです。​​


Report: How AI and cloud-native networks are shaping the future telco
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