
楽天シンフォニーの5G時代を支えるコンポーザブルITの力
通信業界では今、技術の進化がかつてないスピードで進んでいます。5Gが普及し、エッジやクラウド、AIが当たり前のように使われる時代において、ネットワークの仕組みそのものが大きく変わろうとしています。その中心にあるのが「コンポーザブルIT」という考え方です。これまで一体型で構築されてきたネットワークを、柔軟に組み替え可能な部品として再構築する新しい仕組みです。楽天シンフォニーの副社長ヴァイバブ・ドングレ氏は、最近の対談の中でこの考え方を「5Gとその先の時代を支える基盤戦略」と説明しました。NTTデータやマトリックス・ソフトウェアのリーダーたちも参加した議論では、ネットワークの仕組みを小さな単位に分け、必要なときに組み合わせて使うという発想が、通信事業者の柔軟性をどのように高めているかが話し合われました。
クラウドとオープンな仕組みが生み出す柔軟性
これまでの通信ネットワークは、ハードウェアとソフトウェアが密接に結びついた一体型の構造が中心でした。この構造では、一部を変更するだけでも全体に影響が出てしまい、新しい機能を追加するのに多くの時間と費用がかかりました。コンポーザブルITでは、ネットワークを構成する要素を小さな部品のように分け、それぞれを独立して動かすことができます。必要に応じて部品を入れ替えたり追加したりできるため、通信事業者は短い時間で新しいサービスを展開できるようになります。
この仕組みを支えているのが、クラウドを活用した運用方法です。全ての機能をクラウド上で管理し、自動的に更新できるようにすることで、ネットワーク全体を止めることなく新しい要素を追加できます。以前のように年に一度の大規模なメンテナンスを行う必要はなく、今では常に改良と進化を続けるネットワーク運用が可能になっています。もう一つ重要なのが「オープンな仕組み(オープンAPI)」です。楽天シンフォニーのソリューションアーキテクトであるミナ・ニコラ氏は「システムごとにデータが分断されていることが、通信事業者にとって大きな負担になっている」と語っています。異なるメーカーやシステムの間でも同じルールで情報をやり取りできるようにすることで、ネットワークの連携がスムーズになり、特定のメーカーに依存しない自由な構成が可能になります。
ネットワークが自ら動き、考える時代へ
通信の運用でさらに重要になっているのが、「オーケストレーション」と呼ばれる仕組みです。これは、ネットワークのさまざまな部分を自動的にまとめて管理する考え方です。NTTデータのルイス・フェルナンド・ルビオ・マルティネス氏は「オーケストレーションは今や新しい制御の中心だ」と話しています。5Gやエッジの時代では、通信の需要が一瞬で変化します。そのたびに人の手で対応していては間に合いません。そこで、ネットワークの生成から監視、調整までを自動で行う仕組みが求められています。ここにAIが組み合わされることで、ネットワークは自らの状態を判断し、必要に応じて最適な形に調整することができるようになります。特にプライベート5Gやエッジと呼ばれる分野では、こうした仕組みが大きな力を発揮します。製造業や医療現場などで独自の通信網を使いたい企業は、これまでは専門家に頼らなければ構築できませんでした。コンポーザブルITを活用すれば、あらかじめ組み込まれたネットワーク構成をクラウド上で簡単に利用できるようになります。必要な機能だけを選んで組み合わせ、不要になれば取り外す。ブロックを組み立てるように、ネットワークを扱えるようになるのです。
この柔軟性は技術面だけでなく、ビジネスの面でも新しい可能性を広げています。通信事業者は自社のネットワーク機能を他の企業や開発者に提供し、必要な機能だけを利用してもらうことで、新しい収益を生み出しています。たとえば、ネットワークを必要な期間だけ利用できる「ネットワーク・アズ・ア・サービス」や、AIによる自動監視・最適化をサービスとして提供する仕組みなどがすでに登場しています。技術を商品として分かりやすく提供し、業界ごとに使いやすい形に整えることが、今後の成長の鍵になっています。
AIは今後さらに進化し、人の代わりにネットワークを組み立て、判断し、動かす存在になっていくと考えられています。楽天シンフォニーでは、このような自律的なAIの発展を「エージェント型AI」と呼び、未来の通信の姿として見据えています。5Gの先にある通信の未来は、もはや固定された仕組みではありません。変化に合わせて常に形を変え、必要な機能を組み合わせながら成長していく柔軟なネットワークです。AIとクラウド、オープンな仕組みが一体となることで、通信はこれまで以上に身近で使いやすく賢くなっていきます。
コンポーザブルITは通信業界の未来を支える設計思想です。柔軟で、拡張しやすく、常に成長し続けるシステム。通信事業者はこれまでの枠を超えて、より速く、より自由に進化していくことが求められています。楽天シンフォニーが掲げる「Building blocks of innovation(革新のための土台)」という言葉の通り、通信の未来は、小さな工夫と柔軟な組み合わせによって形づくられていくのです。

私見と考察:コンポーザブルITが描く通信業界の構造転換
通信業界が経験している変革の本質は、単なる技術革新ではなく、産業構造そのものの民主化だと感じました。従来の通信業界は、極めて垂直統合的でした。ハードウェアとソフトウェアが密結合し、特定ベンダーへの依存度が高く、参入障壁も技術的・資本的に極めて高い世界でした。これは安定性と信頼性をもたらした反面、イノベーションの速度を著しく制限してきました。コンポーザブルITの登場は、この構造を根本から覆します。ネットワークを「レゴブロック」のように扱えるということは、通信事業という巨大産業が、IT業界が経験したような水平分業化へと移行しつつあることを示唆しています。かつてIBMのメインフレームが支配していたコンピューター産業が、オープンアーキテクチャとモジュール化によって爆発的な成長を遂げたように、通信業界も同じ道を歩み始めています。
所有から編成へ。事業者の役割変化
特に興味深いのは、通信事業者のアイデンティティが変わりつつある点です。従来の通信事業者は「インフラの所有者・運営者」でした。巨額の設備投資を行い、長期間かけて減価償却し、安定した収益を得る。これが基本モデルでした。しかしコンポーザブルITの世界では、事業者は「ネットワーク機能のキュレーター・編成者」へと変貌します。必要な機能を選び、組み合わせ、顧客ニーズに合わせてカスタマイズする。まるでDJがさまざまな音源をミックスして新しい体験を創り出すように、事業者は既存の構成要素を編成することで価値を生み出します。この変化は、資本集約型から知識集約型へのシフトを意味します。設備への巨額投資よりも「どう組み合わせるか」という知恵と洞察が競争力の源泉になる。これは中小事業者や新規参入者にとって、大きなチャンスです。
AIオーケストレーションの本質的意味
AIによる自動管理は、単なる効率化以上の意味を持ちます。5Gやエッジコンピューティングの世界では、ネットワークの状態が人間の反応速度を超えて変化します。ミリ秒単位で需要が変動し、リソースの最適配分が求められる環境では、もはや人間が介在する余地がありません。ここで重要なのは、AIが単なる「自動化ツール」ではなく、ネットワークの「自律神経系」として機能し始めているという点です。人間の脳が意識せずに心拍や呼吸を調整するように、AIはネットワークの基本的な動作を無意識レベルで制御する。これは通信業界における「意識と無意識の分離」とも言えます。戦略的判断や新サービス設計は人間が担い、日々の運用や最適化はAIが担う。この役割分担が明確になることで、人間はより創造的な領域に集中できるようになります。
ネットワーク・アズ・ア・サービスの社会的インパクト
「必要な期間だけ利用できる」というモデルは、通信サービスの消費行動を根本的に変える可能性があります。これまで企業が独自の通信網を構築するには、数年単位の計画と巨額の初期投資が必要でした。しかしコンポーザブルITにより、イベント的・実験的なネットワーク利用が可能になります。
例えば:
・音楽フェスティバルで3日間だけ超高密度5Gネットワークを展開
・新製品の実証実験のために1ヶ月間だけプライベート5Gを構築
・災害時に緊急で特定地域のネットワーク能力を10倍に増強
この柔軟性は、ネットワークを「固定資産」から「変動費」に変えることを意味します。企業の財務構造にも影響を与え、リスクテイクがしやすくなり、イノベーションを加速させるでしょう。
オープンAPIがもたらす「創発」の可能性
私が最も興奮するのは、オープンAPIによって通信機能が開発者コミュニティに開放されるという展開です。これまで通信ネットワークは「ブラックボックス」でした。その機能を利用できるのは通信事業者とその限られたパートナーだけ。しかしAPIが公開されれば、世界中の開発者が通信機能を活用した新しいアプリケーションを創造できます。これは「通信業界のApp Store化」とも言えます。iPhoneがハードウェアとAPIを提供し、無数の開発者がアプリを作って生態系を豊かにしたように、通信ネットワークも同じ進化を遂げる可能性があります。
・個人開発者が「自分専用のマイクロ5Gセル」を自宅に構築するアプリ
・AIが自動的に最適な通信経路を選択し続ける「ネットワーク最適化エージェント」
・複数の通信事業者のAPIを組み合わせて、グローバルでシームレスな接続を実現するサービス
このような創発的イノベーションこそ、コンポーザブルITの真の価値です。
楽天シンフォニーの戦略的位置づけ
楽天シンフォニーの興味深い点は、単なる技術ベンダーではなく、「通信業界のパラダイムシフトの触媒」として位置づけられている点です。楽天グループは日本国内で「第四の通信事業者」として既存の枠組みに挑戦し、その過程で培った完全仮想化ネットワーク技術を、今度は世界中の通信事業者に提供しようとしています。これは非常に巧妙な戦略です。自社で通信事業を運営する中で実証した技術を、「実戦で鍛えられたソリューション」として横展開する。理論だけでなく、実際の事業運営で得られた知見を製品に組み込める強みは大きいでしょう。さらに、「Building blocks of innovation」というフレーズは秀逸です。単に製品を売るのではなく、イノベーションの基盤そのものを提供するという姿勢。これは顧客との関係を、売買から共創へと転換させます。
残された課題と懸念
一方で、この美しいビジョンにはいくつかの課題も存在します。
セキュリティの複雑化: システムがモジュール化され、多数のコンポーネントが組み合わさることで、セキュリティの攻撃面が広がります。各部品の信頼性をどう保証するのか、大きな課題です。
標準化の困難: オープンなシステムには共通の標準が必要ですが、業界全体での合意形成は容易ではありません。楽天シンフォニーが提唱する標準が、デファクトスタンダードになるかは不透明です。
既存投資との葛藤: 多くの通信事業者は既存のインフラに巨額の投資をしています。コンポーザブルITへの移行は、これらの資産を「座礁資産」にするリスクがあり、移行には強い抵抗が予想されます。
技能の転換: ネットワークエンジニアに求められるスキルが大きく変わります。ハードウェア中心からソフトウェア・クラウド・AI中心へ。この人材転換には時間とコストがかかるでしょう。
通信が空気になる日
最終的に、コンポーザブルITが目指すのは、通信インフラが完全に透明化された世界だと思います。電気のように、私たちが意識せずとも常に存在し、必要なときに必要なだけ使える。どこでも、どんなデバイスでも、シームレスに繋がる。それを支える複雑な仕組みは全てAIとオーケストレーションに隠蔽され、ユーザーは「ただ使う」だけ。これは「通信のコモディティ化の完成形」であり、同時に「通信を基盤とした新しい価値創造の始まり」でもあります。通信そのものでは差別化できなくなったとき、真の競争は「その上に何を載せるか」「どんな体験を創り出すか」に移ります。コンポーザブルITは、その競争を加速させる触媒なのです。
楽天シンフォニーが描く未来は、技術的には実現可能です。問題はそこに至る道筋をどう描き、既存の利害関係者をどう説得し、業界全体をどう変革するか。その壮大な挑戦の成否を、今後数年で見守ることになるでしょう。通信が空気になる日。それは遠い未来ではなく、すぐそこまで来ているのかもしれません。
Building blocks of innovation: Composable IT for 5G and beyond
https://symphony.rakuten.com/blog/building-blocks-of-innovation-composable-it-for-5g-and-beyond
