写真-「多田美波―光、凛と ゆれる」(20261023)
2026年10月23日、東京都現代美術館に「多田美波―光、凛と ゆれる」を見に行く。
白く静穏な展示室の壁面を覆う巨幅の浮彫は、かつて大地の深層をうがち、都市の鼓動を支えたエネルギーの記憶が息づく静かな化石のようである。1957年のあの日、炭鉱の息吹と現場の熱気に深く深く触れ、人々の営みと対話を重ねることで生み出された炭鉱という名のレリーフ。幾層にも重なる重厚な鉄の質感と深い陰影の中に、歯車やトラス構造の鉄骨、地底へと続く幾何学的な階段やレールを密密に交錯させている。産業の記憶を写した構造体のようでありながら、人々の祈り、労働の熱量、時代が刻んできた目に見えぬ時空のコードを沈黙の内に宿している。現代の展示空間に蘇った幾何学の骨組は、見る者の視線や光の移ろいによって刻々と表情を変え、地の底から湧き上がる力強い唸りや人々の足音を、時空を超えた幽かな残響として響かせる。建築と空間が一つに溶け合うダイナミックな造形は、過去の記憶を刻む碑石であると同時に、人々と都市の未来を静かに繋ぎ止める一つの壮大な詩として、今もここに息づいている。
静寂が深く沈みこむ薄暗い展示室のなか、頭上に広がるのは光と影で紡がれた幻想的な小宇宙である。天井から繊細に垂れ下がる青いシアーなヴェールは、澄んだ深海から湧き上がる渦や、静けさをまとった竜巻のようでもある。幾重にも重なる幾何学的なラインが鮮やかな青い光を浴び、空間の中に美しく透明な陰影を描き出している。その下には、ほのかにピンクや白の光を帯びた粒子のような構造体が浮かび、夜空に漂う銀河や雲海のようにやわらかな光を解き放っている。周囲の壁面には、光の波紋が水底に揺らめく影のようにやさしく投影され、室内の空気までもが緩やかに揺れているかのような錯覚を覚える。暗がりのなか、一人の人物がそっとその光の造形を見上げている。息をのむような面持ちで手元を掲げるそのたたずまいは、あふれ出る光のしずくを一つひとつ拾い集めようとしているかのようだ。静寂の中で光と人が交差し、時間がゆっくりと止まったかのような、詩的で特別な瞬間がここに刻まれている。
天高くうがたれた吹き抜け空間にそそぐ明るい陽光。銀色にうねる金属の彫刻が静謐な空気をしなやかに切り裂くように空中を漂う。幾何学的な石壁と整然とした格子状の床が描き出す壮大な広場には、滑らかな曲線や鋭角なフォルムを持つ多様な造形物が配置され、それぞれが異なる光の幾何学を奏でている。戦後日本の抽象彫刻・環境造形を先駆者として切り開いた多田美波の手がける作品群は、ステンレスやアルミニウム、ガラスといった重厚で無機質な素材でありながらその重量感を優美に消し去り、光の反射や屈折、さらには周囲の空気や空間そのものを可視化して壮大な彫刻へと昇華させる高潔な輝きを放っている。宙に浮遊する鏡面の立体は高窓からの自然光や館内の照明を繊細かつ複雑に屈折させ、幾重もの表情を変えながら、凛と澄み渡る気品と、柔らかにゆれる生命の波動を同時に描き出している。建築空間と深く共鳴し、時代や人々の営みをも滑らかな曲面に映し出す造形美は、観る者の視線や歩みと共に刻々と変化する多面的な情景を紡ぎ出す。その下にたたずむ造形や静かに行き交う人々、空間を包みこむ光の粒子は、多田美波が生み出した光と空間の交差点に溶けこんで、時空を超えて響き合いながら、見る者を果てしない静寂と豊かな情緒へと誘う壮麗な小宇宙を作り出している。
漆黒の平原の上に規則正しく並ぶ透明なドーム群は、あたかも時間が凍りついた水滴の海か、未知の惑星に芽生えた光の胞子のようである。なめらかな曲線を描くガラスの表面には、高窓から差しこむ格子状の光と周囲の静寂が繊細に映りこみ、見る角度や光の加減によってめまぐるしく表情を変えていく。一見すると完璧な秩序を保っているようでありながら、それぞれのドームが内包する歪みや光の屈折はわずかに異なり、命を宿した生き物がひそやかに息づいているかのような錯覚を呼び起こす。薄暗い空間のなかで幾重にも重なる陰影と鏡面のまばゆいきらめきが交差し、現実と虚構の境目を曖昧に溶かし去りながら、幻想的な静寂の小宇宙を作り出している。静寂が広がる空間の中で、黒く光沢を放つ平原とそこに整然と並ぶ無数の透明なドームは、ただの静止した造形物ではなく、過去、未来、現在という異なった時空をそっと映し出す不可思議な鏡のようでもある。なめらかなガラスの曲面には、格子状の光とともに、かつてこの場所を訪れた人々やこれから現れるであろう人々の曖昧な影が、記憶の粒子のようにひそやかに揺らめいて重なり合っている。時の流れを止めた水滴のようなドーム群の重厚な陰影と静かなきらめきは、姿も時代も異なる人々の存在を丸ごと飲みこみ、一つの歪んだ虚構の景色へと溶かしこんでいく。実体を持たない影たちが歪んだ鏡面の中で出会い、静かに交差するとき、そこには時空を超えた永遠の物語が脈々と息づいているかのようだ。
幾何学的な石畳と静寂をたたえた中庭で。黒く滑らかな水鏡の上に、銀色の光をまとう金属のループがそっとたたずんでいる。無機質な街の深層に流れ続ける見えない記憶や暗号を無言のまま拾い集め、ねじれた円環の中にそっと閉じこめているかのようでもある。鏡のように澄み渡る滑らかな曲面は、行き交う人々の影や移ろう季節の光をゆったりと歪ませて映し出し、見る角度や刻々の陰影によって、時に優しく微笑み、時に物思いに沈む多面的な顔のように表情を変えていく。静かな水面に沈む虚像の円環。その上に立つ実物の円環。無限を描くように引き合う。都市の無数の視線と秘められた呼吸を静かに飲みこみながら、それは時の隙間で、一つの美しい謎として、揺るぎない輝きを放ち続けている。
























































































