
楽天モバイルと東京科学大学が挑む5Gミリ波の未来~アナログ中継局で実現する効率的なエリア拡張~
皆さんは「5Gミリ波」という言葉を聞いたことがありますか。5Gといえば、高速で大容量のデータ通信ができる次世代通信規格として注目されていますが、その中でも特に高性能な「ミリ波」には、実は大きな課題がありました。楽天モバイルと東京科学大学は、この課題を解決するための画期的な技術検証に成功しました。今回は、この取り組みについて詳しくご紹介します。
ミリ波とは何か~その可能性と課題~
5Gで活用されているミリ波(28GHz帯)は、電波の帯域幅が非常に広いことが特徴です。この広い帯域幅により、5Gの三大特長である「超高速・大容量、超低遅延、多数同時接続」を実現できる周波数帯として、大きな期待が寄せられています。
例えば、4K・8Kといった高画質動画のストリーミングや、VR・ARを活用したリアルタイムコンテンツ、自動運転における瞬時のデータ通信など、未来の社会を支える基盤技術として、ミリ波は欠かせない存在なのです。
しかし、ミリ波には大きな課題があります。それは、周波数が高くなればなるほど、電波の直進性が増してしまうという特性です。具体的には、障害物を回り込みにくく、建物や壁などの障害物があると電波が遮られやすくなります。また、空気中での減衰が大きく、電波が遠方まで届きづらくなります。さらに、広いエリアをカバーするには多くの基地局が必要になるため、エリア構築のコストが高くなってしまいます。
これらの課題により、ミリ波の普及には技術的なブレイクスルーが求められていました。
アナログ中継局という革新的な解決策
今回の実証実験で注目されたのが、「アナログ中継局(レピーター)」という装置です。アナログ中継局は、ビルの屋内や谷間、地下など、携帯電話の電波が届きづらい場所に設置して、受信した電波信号を増幅して再送信することで、基地局のカバーエリアを広げる中継装置です。
この装置の最大のメリットは、基地局の設置に比べて低コストかつ容易に導入できるという点にあります。基地局を新たに建設するには、土地の確保や設備投資、さらには複雑な工事が必要ですが、アナログ中継局であれば、既存のインフラを活用しながら効率的にエリアを拡大できるのです。
楽天モバイルと東京科学大学は、東京科学大学の大岡山キャンパスに構築された完全仮想化5Gネットワーク環境を活用して、このアナログ中継局の効果を検証しました。実験では、複数のアナログ中継局を戦略的に配置することで、これまでミリ波の電波が届きづらかったエリアにおいても、1Gbpsを超える高速通信が安定的に実現できることが確認されました。これは、通常の4G LTEと比較して圧倒的に高速であり、5Gミリ波の真の実力を引き出すことに成功したと言えます。
マルチパス伝搬路を逆手に取る革新的アプローチ
今回の研究で特に注目すべきなのは、「マルチパス伝搬路」という現象を積極的に活用した点です。マルチパス伝搬路とは、電波が山や建物などに反射して、複数の経路を通って受信側に届く現象のことを指します。
通常、この反射は電波の遅延や信号の乱れの原因となり、通信品質を低下させる要因として知られています。しかし、今回の研究では、この特性を逆手に取って、むしろ通信の安定性を高めるために活用したのです。
具体的には、キャンパス内に複数台のアナログ中継局を配置し、それぞれのカバーエリアを意図的に重ねることで、人工的にマルチパス伝搬路を形成しました。これにより、スマートフォンは複数の中継局から同時に電波を受信できるようになります。
その結果、一方向からの電波が建物や人などに遮られても、別の経路から電波を受信できるため、通信品質が低下しづらくなります。これは、まるで複数の道を使って目的地に向かうようなもので、一つの道が塞がれても別の道を通れば問題ないという考え方です。この発想の転換が、今回の研究の学術的な価値を高めています。
東京科学大学との長期的なパートナーシップ
楽天モバイルと東京科学大学は、2021年3月に5Gネットワークに関する協業の合意書を締結し、超スマート社会(Society 5.0)の実現に向けたイノベーションの創出を目指してきました。この合意に基づき、Beyond 5G時代のスマートシティを見据えた様々な技術検証を実施してきています。
両者の協業は、今回の実証実験だけにとどまりません。これまでにも、5G×MECによるAR技術を活用した歩行者安全システムの検証を行いました。拡張現実(AR)技術とエッジコンピューティングを組み合わせることで、歩行者に危険を事前に知らせるシステムの実証を進め、交差点での事故防止や、視覚障害者の安全な移動支援などへの応用が期待されています。
また、5Gセンシング技術による人数計測の研究も実施しました。AIと機械学習を活用し、カメラを使わずに電波だけで空間内の人数を計測する技術の検証を行い、プライバシーに配慮しながら施設の混雑状況をリアルタイムで把握できる技術として、スマートシティにおける人流管理に役立つと考えられています。
さらに、楽天モバイルは東京科学大学の大岡山キャンパスに「楽天モバイルオープンイノベーションラボ」を提供し、仮想化Open RAN技術の検証環境を整備しています。これにより、産学連携による最先端の研究開発が加速されています。

専門家からの評価と今後の展望
東京科学大学の阪口啓教授は、5Gの新しい周波数帯としてミリ波の導入を提唱し、5Gの基礎技術の開発や国際標準化に貢献されている、この分野の第一人者です。阪口教授は今回の研究について、「Beyond 5Gの時代において、自動運転やスマートシティなどを実現するためには、ミリ波の普及が必要不可欠です。本研究は、ミリ波通信のエリア構築における長年の課題に対し、低コストかつ現実的な解決策の一つを提案するものです」と評価されています。
また、「楽天モバイルとの継続的な連携を通じて、理論的な検討だけでなく、実環境での有効性を確認できたことは、大変意義深い」とコメントされており、産学連携による実証研究の重要性を強調されています。今後も、Beyond 5G/6Gを見据え、より高度な通信技術の研究開発に取り組んでいきたいと述べられています。
楽天モバイルの朽津光広ジェネラルマネージャーは、「今回の共同研究の成果は、楽天モバイルが目指す、限られた周波数をより効率化してつながりやすくし、高周波帯であったとしても快適な通信環境を実現する技術革新に向けた大きな一歩となります」と述べています。さらに、「アナログ中継局は、既存のインフラを活用しながら、効率的にミリ波のエリアを拡大できる可能性を秘めており、今後の5G展開においても重要な役割を果たすことを期待しています」とし、この技術の実用化に向けた意欲を示されています。
Beyond 5G/6G時代のスマートシティ実現に向けて
今回の実証実験で得られた成果は、Beyond 5G/6G時代におけるスマートシティの実現に向けた重要な基盤技術となります。MEC(マルチアクセスエッジコンピューティング)と組み合わせることで、様々なサービスの社会実装が期待できます。
例えば、自動運転車両の高度な制御では、低遅延・高信頼性の通信により、リアルタイムでの車両制御が可能になります。遠隔医療の分野では、高精細な映像と低遅延通信により、遠隔地でも高度な医療サービスが受けられるようになります。製造現場では、あらゆる機器がネットワークにつながるスマートファクトリーが実現し、効率的な生産管理が可能になります。また、災害時の緊急通信においても、既存インフラが被害を受けた場合でも、中継局を迅速に展開して通信を確保できるようになります。
この研究成果は、5Gの普及とBeyond 5Gの研究開発を推進する業界団体「XGモバイル推進フォーラム(XGMF)」のホワイトペーパーや、世界的に権威のあるIEEEの論文にも掲載されており、国際的にも高く評価されています。なお、本研究の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究により実施されており、国家レベルでの支援を受けた重要なプロジェクトであることがわかります。
私たちの生活への影響
この技術が実用化されれば、私たちの日常生活における通信環境は大きく改善されることが期待されます。例えば、混雑した駅や商業施設でも、多くの人が集まる場所で高速で安定した通信が可能になります。高層ビルの屋内でも、これまで電波が届きにくかったビルの奥まった場所で高速通信が楽しめるようになります。
映画やゲームなどの大容量コンテンツも、待ち時間なく瞬時にダウンロードできるようになり、リモートワークでは高画質なビデオ会議も途切れることなくスムーズに実施できます。また、アナログ中継局を活用することで、通信事業者にとってもコスト効率の良いインフラ整備が可能になり、これは最終的に、私たち利用者にとっても料金面でのメリットにつながる可能性があります。
まとめ
楽天モバイルと東京科学大学による今回の実証実験は、5Gミリ波のエリア拡張という長年の課題に対して、アナログ中継局という実用的な解決策を提示しました。特に、マルチパス伝搬路という通常はデメリットとされる現象を、逆に活用して通信の安定性を高めたという点は、学術的にも実用的にも大きな意義があります。
Beyond 5G/6G時代を見据えた次世代通信技術の研究開発は、今後ますます重要になってきます。楽天モバイルは、東京科学大学をはじめとする研究機関との連携を深めながら、私たちの生活をより豊かにする通信技術の実現に向けて、引き続き取り組んでいくとしています。
私たちが当たり前のように使っているスマートフォンの通信技術の裏側では、このような最先端の研究開発が日々進められています。今回の成果が、近い将来、私たちの日常生活の中で当たり前の技術として活用される日が来ることを期待したいと思います。
高速で安定した通信環境は、もはや便利さだけでなく、社会インフラとして不可欠なものとなっています。楽天モバイルと東京科学大学の挑戦は、私たちの未来の生活を支える重要な一歩なのです。
楽天モバイルと東京科学大学、アナログ中継局による5Gミリ波通信の効率的なエリア拡張技術を検証
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