
生成AIでがん医療を変革できるか
楽天の大越拓氏(楽天グループ株式会社 執行役員 AIサービス統括部 ディレクター グローバルCDO室 オフィスマネージャー)と梶佑輔氏(楽天グループ株式会社 AI for Business部 ジェネラルマネージャー)が、国立がん研究センター東病院病院長の土井俊彦院長とともに、生成AIがどのように患者ケアの向上につながるかを探りました。
土井俊彦氏 プロフィール
国立がん研究センター 東病院 病院長
1989年岡山大学医学部卒業
1994年岡山大学大学院医学研究科第一内科修了
1994年国立病院四国がんセンター内科
2002年国立がんセンター東病院内視鏡部
2014年から2022年まで副院長(研究担当)を兼務
2015年から先端医療科科長、先端医療開発センター新薬臨床開発分野長
2022年4月~2024年5月まで先端医療開発センター長
2022年4月~2024年6月まで橋渡し研究推進センター長
2024年4月より東病院長就任
医学博士。日本内科学会認定医・指導医、日本消化器病学会認定指導医
専門領域
近年では、第Ⅰ相臨床試験を中心に早期新薬開発、再生医療・細胞医療、バイオマーカー探索や画像解析、および橋渡し支援事業の推進、また、AI・IoT を利用した医療インフラ整備等にもかかわる。
最先端のAIが人類のがんとの闘いを支援できるのか
楽天AIオプティミズム・カンファレンスは、楽天グループの年次ビジネスカンファレンスとして、「AIで加速するがん治療が人々の生活を変える」というパネルディスカッションを通じて、その未来の一端を示しました。楽天の大越拓氏と梶佑輔氏は、国立がん研究センター東病院の土井俊彦院長とともに、生成AIがどのように患者ケアの質を高め、医療成果を改善できるかを探求しました。この対話では、大規模言語モデル(LLM)技術をがん医療の最前線に導入することの可能性と潜在的な課題の両方を取り上げ、すでに研究者の手元にある実用的なプロトタイプを紹介しました。
医療分野における生成AIの重要性
医療システムが医療従事者不足、データの複雑化、患者の期待の高まりに直面する中、生成AIは医療提供者に以下のような能力を提供します。
– 感情的で自然な言語を理解することで、患者と医療専門家の間のコミュニケーションギャップを埋める
– 複雑な臨床情報を要約・整理し、臨床医がより迅速で適切な判断を下せるようにする
– 患者が何を質問すべきか分からない場合でも、症状を言語化できるよう支援する
– 自動化されたトリアージ、記録、フォローアップを通じて業務負担を軽減する
– 診察や専門分野を超えて文脈を記憶し、関連付けることで、継続的なケアを強化する
これらの機能を責任を持って活用すれば、人間味を失うことなく、より共感的で、拡張可能で、アクセスしやすいケアを実現できます。
楽天の「プロアクティブ医療AI」プロトタイプの内部
セッション中、梶氏は楽天のプロアクティブ医療AIのライブデモを公開し、以下のプロセスを紹介しました。
1:患者が日常的な日本語で症状を説明します
2:AIが臨床医が作成したチェックリストに対して会話形式で確認を行い、フォローアップの質問で不足している詳細を埋めていきます
3:その後、緊急度フラグと推奨される次のステップを含む、簡潔で構造化された要約を生成し、担当医師に提供します
このモデルは、スクリプト化されたチャットボットとは異なり、感情やニュアンスに適応し、患者が理解されていると感じられるようにしながら、臨床医の業務負担を軽減します。
セーフガード:誇大宣伝ではなく安全性のための構築
すべての講演者は、医療における生成AI技術の責任ある導入の重要性を強調しました。これには以下が含まれます。
– すべての重要な出力に対する人間によるレビュー
– 不確実性を強調する透明な信頼度スコア
– 実際の臨床データに対する継続的な検証
– AIが知識の限界に達した際の明確なエスカレーション経路
土井院長は聴衆に対し、「一般的に、専門家でも間違いを犯すことがあります。重要なのは、患者に影響が及ぶ前にそれをキャッチするシステムを設計することです」と述べました。
土井院長は、AIにおける「なぜ」を忘れないことの重要性を強調しました。「ツールが患者に利益をもたらすなら、私たちはそれを採用すべきです」
患者と臨床医にとっての意味
患者にとって:
– 24時間365日、判断なしに患者の言葉で対応する支援
– 不安や混乱の瞬間により迅速な回答
– 自身の医療の旅における記録された発言権
臨床医にとって:
– 診察が始まる前に、要約され優先順位付けされた患者の病歴
– カルテ作成やフォローアップの電話にかかる管理時間の削減
– 臨床的判断を上書きすることなく、それを強調する意思決定支援
ケアチーム全体にとって:
これらのシステムは、患者とともに移動する共有された生きた文脈を提供し、繰り返しの質問を減らし、継続性を向上させることができます。
今後の展望
AIは、患者とスタッフの間のコミュニケーションギャップを埋める重要なツールです。楽天と国立がん研究センターのチームは、AIシステムが診察時間、診断精度、患者満足度に与える影響を測定するパイロット試験を開始しました。その結果は、AIエージェントの体験向上に直接反映されます。
「AIは人々を置き換えるためにあるのではありません」と大越氏は締めくくりました。「すべての会話をより完全に、すべての診断をより情報に基づいたものに、そしてすべての患者がより理解されていると感じられるようにするためにあるのです」

私見と考察「患者に利益をもたらすなら、採用すべき」医療AI導入に必要な本質的視点
「ツールが患者に利益をもたらすなら、私たちはそれを採用すべきです」
元記事を読んで、上記が最も私の心に深く刻まれました。この一文は、医療におけるAI活用について議論する際の、最も重要な指針を示していると感じます。
技術論に埋もれがちな「本質」
AI技術、特に生成AIの医療分野への導入については、さまざまな議論があります。精度の問題、責任の所在、誤診のリスク、医師の役割の変化、倫理的な懸念。これらはすべて重要な論点です。しかし、こうした技術的・制度的な議論に没頭するあまり、私たちは時として最も大切なことを見失いがちになります。それは「この技術は患者のためになるのか」という、シンプルで根源的な問いです。土井院長の言葉は、まさにこの本質に立ち返ることの重要性を教えてくれます。
「患者の利益」を判断基準にする意味
医療現場では、新しい技術やシステムの導入にあたって、多くのハードルが存在します。予算の制約、スタッフの教育、既存のワークフローとの整合性、法規制への対応など、考慮すべき要素は山積みです。そうした中で、「完璧なシステムができるまで待つ」「リスクがゼロになるまで導入しない」という姿勢に陥ってしまうことがあります。しかし、その間にも、患者は待っています。より良いケアを、より迅速な診断を、より分かりやすい説明を求めています。土井院長の言葉は、「患者に利益をもたらす」という明確な判断基準を提示することで、この膠着状態を打破する力を持っています。完璧でなくても、患者のためになるなら、適切な安全策を講じた上で前に進むべきだ、というメッセージだと思いました。
医療の原点への回帰
興味深いのは、この発言が最先端のAI技術に関する議論の中で語られたという点です。最新技術について語る際、私たちはつい技術的な詳細や革新性に目を奪われがちです。しかし土井院長は、どれほど高度な技術であっても、評価の軸は「患者の利益」であるべきだと明言しました。医療の原点への回帰とも言えます。ヒポクラテスの誓いに代表されるように、医療の根本原則は常に「患者の利益を第一に考える」ことでした。AIという新しいツールを手にした今こそ、この原則に立ち返る必要があるのです。
責任ある前進のために
もちろん、この言葉を「患者のためになるなら何でもやっていい」という極端な解釈に陥らせてはいけません。楽天のプロトタイプが示したように、医療AIには厳格なセーフガードが必要です。人間によるレビュー、透明な信頼度スコア、継続的な検証、明確なエスカレーション経路。これらすべてが「責任ある前進」のために不可欠です。土井院長の言葉は、「慎重さ」と「前進」のバランスを示しています。リスクを無視して突き進むのではなく、リスクを管理しながらも、患者の利益のために行動するという姿勢です。
私たちに問いかけるもの
この言葉は、医療関係者だけでなく、技術開発者、政策立案者、そして患者である私たち一人ひとりにも問いかけています。「この技術は、本当に患者のためになっているか?」この問いを常に自分自身に投げかけることで、私たちは技術のための技術ではなく、人のための技術を生み出すことができるはずです。がん医療の最前線に立つ土井院長の言葉には、重みがあります。日々患者と向き合い、命と向き合う現場からの声だからです。技術の可能性を信じながらも、常に患者を中心に置くこと。それこそが、真に革新的な医療を実現する鍵なのだと、私は思います。
最後に、このパネルディスカッションの内容は、あくまでも現時点の可能性の中で議論している段階です。生成AIががんを治せるかどうかは、今後の研究の進展にかかっていることだと思います。
Transforming cancer care with generative AI
https://rakuten.today/blog/transforming-cancer-care-with-generative-ai.html
