















空の深淵から切り取られたかのような冴え冴えとした群青のキャンバスに、冬の吐息が結晶化した白梅が凛と浮かび上がっている。冷たく澄み切った早春の気配が支配する空間で、背景のコバルトブルーは未だ温もりを知らぬ大気の張り詰めた緊張を物語り、完璧な静寂を破るように黒々とした枝が力強く骨格を伸ばして生命の脈動を無言のうちに主張する。陽光を浴びて透き通る花びらは薄氷のように繊細でありながら内側にかすかな熱を秘め、逆光に透かされれば純白から乳白色への柔らかな階調を描いて、光を一身に受け止める雪洞のごとく輝きを放っている。特筆すべきはその中心で黄金色の花粉を抱いてきらめく無数の雄しべであり、それは静止した小さな花火のようでも、あるいは太陽へ差し伸べられた無数の手足のようでもあって、影が生む墨絵のようなコントラストが花の立体感をより一層際立たせているのである。右奥で柔らかく滲む花影は記憶の風景のようにはかなく、手前の鮮烈な白との対比が世界に奥行きを与えて視線を空の彼方へと誘う。厳しい冬を越えて硬い殻を破り、あふれださんとする春の産声そのものであり、冷気の中でこそ際立つ白の潔さと天を仰ぐ誇り高さが、見る者の心に静かだがたしかな希望の灯をともす詩情あふれる永遠の一瞬である。
深い闇を背景に、冬の厳しさに耐え抜いた一本の梅の枝が、命を賭した芸術のように力強く浮き彫りになっている。古木の幹から伸びた繊細な枝々には、ほのかに紅を帯びた白い梅の花が、星々の瞬きのように点々と咲き誇っていて、清冽な香りが漂っている。一輪一輪の花びらは、芯に宿る小さな春の熱を宿し、暗闇の中で自ら光を放つかのごとく、神聖なまでの美しさで輝いている。この不安定で不安な世界において、この小さな花々が静かに、確固たる意志をもって開花している事実は、胸を打つ希望の象徴である。この劇的なコントラストは、生のはかなさと強さを同時に描き出している。ただ梅の花だけが、来るべき季節の希望を静かにささやく。寡黙な美しさ。そこに花があり、私がいる。一瞬の出会いの奇跡と、不確かな時代の中での変わらぬ美の存在。
三月初旬、冬将軍が去り際に見せた名残雪の白さと、地中深くより湧き上がる春の息吹とが混じり合う兼六園は、時間を封じこめた琥珀のごとき静謐さに包まれている。耳を澄ませば聞こえてくるのは、雪解け水をたたえて走る曲水の清冽な響き。長く閉ざされていた冬の扉を押し開ける鍵の音にも似て、岩肌を打つたびに水晶のような冷たくも澄んだ音色を奏でている。水面はまだ冷徹な鏡のようでありながらも、そこに射しこむ陽光は確実に熱を帯び、水底の小石一つ一つを撫でるように照らし出し、揺らめく光の網目が、あたかも目覚めを促す柔らかな手招きのように川底を這っている。岸辺にうずくまる岩々は、冬の厳しさに耐え抜いた証として深緑の苔をまとい、濡れた岩肌の黒さと苔の緑、水飛沫の白銀が織りなすコントラストは、自然という名の巨匠が描いた一幅の水墨画に、春という絵具を一滴だけ落としたかのような幽玄な趣を漂わせている。視線を上げれば、枯れ木のように沈黙を守っていた枝先に、万作の花が縮れたリボンの如き黄色い花弁を震わせている。その健気な灯火は、色彩の乏しい早春の庭に鮮烈な希望を点しているのだが、その背後には役目を終えようとする雪吊りの幾何学的なシルエットがかすみ、冬への哀惜と来るべき春への渇望とが、円錐形の縄の結び目において静かに交錯しているようにも見受けられる。風はまだ肌を刺す冷たさをはらんでいるものの、運ばれてくるのは湿り気を帯びた黒土の芳香であり、それはあらゆる生命が胎動を始める合図となって鼻腔をくすぐり、肺の奥底まで染み渡るような根源的な力強さを秘めている。右手に広がる笹の葉擦れの乾いた音。岩を洗う水の流麗な音。時折聞こえる野鳥のさえずり。重なり合うこの場所で、時間は直線的に流れるのではなく、螺旋を描きながらゆっくりと昇華していくようであり、動と静、冷と暖、枯淡と萌芽という相反する要素が奇跡的な調和を見せるこの刹那、庭園は単なる風景を超え、季節の魂が宿る一つの世界として私の眼前に静かに立ち現れるのである。
悠久の時を刻む松の巨木が静寂の中に荘厳な姿を現している。松の根は大地深く眠る龍が目覚め、地上へと這い出したかのように力強く隆起し、土を鷲づかみにしている。絡み合い、うねりながら空を目指すその姿。数え切れぬほどの嵐や雪に耐え抜いた無言の叙事詩を語っているかのようだ。苔生した柔らかな緑の絨毯の上に老松はどっしりと腰を据え、伸びる幹は天を衝く柱のごとし。荒々しい樹皮の一筋一筋には歳月の重みが深く刻みこまれている。頭上には幾重にも重なる枝葉が広大な緑の天蓋を作り出し、こぼれ落ちる陽光を優しく受け止めている。枝ぶりは自由奔放でありながらも、ある種の調和を保ち、空中に描かれた墨絵の筆運びのようである。人の手によって支えられた添え木さえも、この老木が歩んできた歴史の一部として静かに寄り添っている。
悠久の時をまとう老松。三月初旬の兼六園の、まだ冷たい土を踏みしめる。早春の光は細くも確かな熱をこめて頭上から降り注ぎ、眼前にそびえ立つ老松の姿を、厳粛な肖像画のように浮かび上がらせている。苔生した地面の淡い緑の絨毯の上に、巨木は圧倒的な存在感で鎮座している。根元は幾重にも太くうねり、大地の奥底から這い上がってきた古代の生物の脚のように、幾千年の苦悩と喜びを刻みつけた皮膚のように、複雑な表情を見せている。太い根の間の空洞には、深い影が潜み、この松が経てきた悠久の時を静かに物語っているようである。幹は二股に分かれ、硬くゴツゴツとした樹皮は、風雪に耐え抜いた証として深くひび割れており、触れれば冷たさと同時に、測り知れない生命の温もりを感じるだろう。幹の途中から勢いよく伸び出した若々しい松葉の緑が、この老いたる存在に新しい息吹を与えていて、生命力のコントラストが私の胸を打つ。私はこの巨木の足元に立ち尽くし、ただ見上げるばかりである。数えきれない季節の移ろいを静かに受け止め、幾多の人間の営みを見つめてきた古木よ。重厚な沈黙の中に、私は自らの人生の軽さと、それでも確かに生きていることの不思議な実感を覚える。内奥の孤独と静かに呼応する、巨大な証人。周囲のまだ葉を落とした雑木林の細い線が、この老松の太さを際立たせ、早春の光の中で、私はしばらくの間、荘厳なる生命の前で立ち尽くすよりほかないのであった。