映画評「パプリカ」(2006年/日本)

2006年/日本/90分 監督・脚本:今敏 脚本:水上清資 原作:筒井康隆 キャラクターデザイン・作画監督:安藤雅司 音楽:平沢進 制作:マッドハウス 声の出演:林原めぐみ/江守徹/堀勝之祐/古谷徹/大塚明夫

平沢進の楽曲が最高だ。あまりにすばらしいのでこの映画のサウンドトラックを買った。XTCのような作りこんだポップスに、デジタル機器を加えて聞き手をどこかに引っぱっていき、周囲のスケールを拡大させながら底辺で繊細な調べを奏でる魅力的な音楽だ。映画のリズムと一体化したように調和が取れているので驚いた。この映画はアニメーション映画だ。アニメーションなので、カメラをどこに置いてもいいし、どんなに大きなものを映してもいい。ただ、そもそも見えないものを、カメラに映ってないものを、どのように映像で表現したらいいか。これは、考えに考え抜かないとなかなか出てこないような気がする。単純に特殊効果やCGなどを使ったとしても、それだと表現したことにはならない気もする。この映画では、見えないもの、語れないものを表現しようとしている。そして、映画の中で、なんとなく見えたり聞こえたりするような気分になれる。冒頭からたたみかける実験性。すばらしき想像力。パレードのように世界を夢でつなげていくような、映画全体の力強い推進力。魅力的な設定だ。精神分析の仕方がアニメーションに合っている。パソコンのモニターに、実際に見た夢のシーンが映しだされていく。それを客観的に患者に見せながら精神分析している。これだけでも面白いが、現実までもが夢の中に入りこんでいく。現実が溶解して、自分も自分でなくなっていく。一瞬の夢であるかのような人間。その境目は、思ったよりもわずかなのかもしれない。秘密の装置が盗まれ、その捜索が秘密裏に進められる。そのストーリーは巧みだ。表現を除くと非常に分かりやすい。登場人物も限定されているので描写を除くとすっきりときれいにまとまっている。混沌とした表現と描写でありつつも、日本人らしい几帳面な整理整頓ができている。さらに、漠然としているようでいて、しっかりしている。雰囲気に流されていない。自分の夢に酔ってない。嘘っぽくない。どこか真実を伝えているような気がする。実感を持った、当事者だけが伝えることのできる発想だ。この映画だけのなにかがある。「夢を支配する。思いあがりは隙を生むものだ」神秘的な物を目で見える形に表現するこの映画も、最先端の科学のように危険な要素を持っているようにも見える。現実のような夢を見せてくれる映画ではなくて、夢のような現実を見せてくれる映画だ。怪しいぞ、ここは。映画を見ながら、頭の中で声が聞こえる。これだけ緻密に描かれていると、怖い。危険な感触。「意識そのものが連れ去らわれたみたい」生きながら、夢を見ている。覚醒しながら、夢を見ている。この現実も夢の中なのか。自分の夢なのか、それとも他人の夢の中なのか。夢から覚めたのか、そこもまた夢であるのか。この町は、どこまでが夢の中で作られたのだろうか。アニメーションによって、極限まで拡大された挑発めいた想像力。権威とか、それ自体の重みや実際の質感のせいで、絶対に揺れ動かないような物がパレードしている。まがまがしくも、神秘的。見たことのない世界のように見えて、それは人の夢の中にあるので、どこかで見たことあるような、不思議に懐かしい感覚を覚える。五感の奥まで迫る魅力を感じる。後半に展開される、世の中全てが夢を見ているような、現実世界でのパレードは、強烈だ。脳内だけに留まらず、現実世界で同じ夢を見せている。あっちの世界とつながった異常な景色に腰を抜かした。舞台が宇宙とか外国とか空想の世界ではなく、現実の日本だという設定が、大きく活かされている。なぜか、あの暗黒大魔王を見ながら、東京大空襲や原爆で廃墟となった戦争直後の日本をイメージしてしまった。この現代では見えないものだが、見たことのあるものだ。悪夢のように一瞬にして廃墟と化すことも、現実世界では起こりうる。そして悪夢が去って、また別の夢を見ているかのように、戦後の日本が形成されていったのかもしれない。そして現代の我々も、当時と同じように夢を見ている。夢もうつつも、嘘も誠も、どちらもつながっている。2006年の夢見がちな日本人の大人の現実感覚の代弁をしているような、それでいて希望を見せてくれているような。まさにこの時、この場所で発せられたような言葉や映像や音楽が、流れだしていく。日本人ならではの感傷、そして感受性。心が軽やかになる。日本人の夢の中を行き来している不思議な物語だ。最後のシーンも感動した。ここで終わらすか、と驚いた。びっくりして声も出ないよ。くらっと来た。「大人一枚」映画自体も、夢でもあるし、どこか、確実に現実とつながっている。いい夢を見た気がする。いい映画を見た気がする。いい時間を過ごした気がする。夢も現実も映画も似たようなものだ。そう思わないか?