映画評「アンタッチャブル」(1987年/アメリカ)

1987年/アメリカ/119分 監督:ブライアン・デ・パルマ 脚本:デビッド・マメット 撮影:スティーヴン・H・ブラム 製作:アート・リンソン 出演:ケビン・コスナー/ショーン・コネリー/チャールズ・マーティン・スミス/アンディ・ガルシア/ロバート・デ・ニーロ

主人公は正義のヒーローだ。どれくらいカポネ一味が悪いのか、この映画では最初に分かりやすく説明している。爆弾を爆発させるのである。同情の余地なし。組織の壊滅こそがハッピーエンドだ。冒頭から正義のヒーローは孤立する。自分の所属する組織で孤立無縁である。少人数対多人数。さらに外部から来た異邦人であり、警察官でもないため、理解者もいない。応援したくなる。正義のヒーローには家族がいる。家族愛をこってりと映画に盛りこんでいる。家族のために日夜働くヒーローである。最大の難関は動機づけだ。「政治的野望が?」と新聞記者から就任会見でからかわれていたが、自らの立身出世のためと思われそうな側面もある。「覚悟はできているのか?一度宣戦を布告したら奴らはとことんやるぞ」カポネ一味との戦いは生きるか死ぬかという、一対一の戦いへと転じる。「家族も一人残らずぶっ殺せ!」とカポネも宣戦布告だ。愛する家族を守るための戦いにもなる。非常に分かりやすい正義と悪の対立構造が完璧に完成される。シナリオの盛り上げ方と納得のさせ方が上手だ。脚本はデヴィッド・マメット。時間内に現実をきれいにまとめあげる職人芸的な構成力がすばらしい。この脚本なら、パラマウント映画75周年記念作品を任せられるというものだ。当然、監督よりも先に、脚本が決まっている。ただ、あの階段のシーンは最初の脚本には存在しなかった。映像感覚もこの映画の重要な要素だ。禁酒法時代のシカゴの町の全てが劇場であるかのような美的感覚に驚く。カポネの本拠地も、史実通りの豪華ホテルであり、その内装は宮殿のようだ。スタイリッシュで洗練されて、非常に美しい。真っ白いスーツの男など、もはや非現実だ。衣装はジョルジオ・アルマーニ。主人公はケヴィン・コスナーで、カポネはロバート・デ・ニーロ。ショーン・コネリーやアンディ・ガルシアが仲間だ。要するに、全てが虚構の世界だ。家庭のシーンを含めて生活感がほとんどなかったが、一種の芸術だと思うとなかなかの見ものだ。駅の階段を降りる時の左右対称の構図がすばらしい。その後の一連のカットは映画史上に残るような流れ、構図、動きである。ストーリーとは関係なしに、このシーンだけ切り抜いてもこの映画の存在価値がある。初めて見た時は衝撃を受けた。主人公視点での赤ちゃんの泣き声と乳母車。美しい影。大理石の模様と質感、階段の立体的な構図。そして落ちていく乳母車。スローというよりも、柔らかい、優しい時間が流れて、一瞬の死が描かれている。強烈なカットの連続だ。死者多数の銃激戦に家庭的なアイテムを用い、美しい構図を引き出している。映画的な場面でありながら、乳母車が登場していることで現実的な雰囲気を出している。驚くべき映像表現だ。ブライアン・デ・パルマの能力が十分に発揮されている。髭剃りを天井から見下ろすカットや、カポネが野球の講釈をしながらグルグル回っていくカット、ショーン・コネリーの家に侵入した人間視点のカットなど、印象的なシーンも多かった。