















三月初旬の兼六園、春の訪れと去りゆく冬が交錯する夕暮れ時、空は茜色から群青へと静かに衣を替え、水面には解け残る雪吊りの幾何学が黄金色の残照を受けてはかなくきらめいている。池のほとり。冷ややかな風の中にも土の香りがかすかに漂い、宵闇へと沈みゆく名園を幻想的な物語の舞台へと変えていく。
冬の名残を惜しむような冷たい空気が、何かの儀式のように静寂に包まれた池の水面を指先でそっと撫で、その冷涼な感触に呼応するかのように、幾百の縄が織りなす雪吊りの円錐が、幾何学的な美しさとはかなさを伴って薄暮の空と水底の双方へ静かに手を伸ばす。三月初旬、まだ浅い春の吐息がかすかに大地を温めはじめた兼六園の夕暮れは、季節の変わり目特有の切なさ。老松の深緑は刻一刻と濃さを増す藍色へと沈む。宵闇に溶けこみながら、甘美な曖昧さの中に。境界線が消えていく。足元に残る根雪が夕陽の最後の残り香を浴びて鈍く光り、やがて訪れる夜の支配を受け入れようとする刹那、鏡のような池は現実と幻想、過去と未来のあわいを映し出し、去りゆく季節の凛とした記憶を永遠に閉じこめるかのように逆さに、鮮烈に抱きとめている。
三月初旬の兼六園、夕間暮れが包みこみ、頭上遥かな紺碧の空に、まだ白さを残す満ちかけの月が、淡い光暈をまといながら静かに浮かび上がり、水面に映るやわらかな円となり、日中の喧騒を鎮めるかのように空気は冷たく澄み渡る。深い藍色に染まりゆく池の面は、鏡のように周囲の景色を余すことなく映し出し、屹立する黒松の力強い枝ぶりが織りなす常緑の木立は、墨絵のごとくおごそかに水に落ちて二重の森を形作り、水鏡に映る逆さの樹々は、輪郭を揺らしながらも水底へと吸いこまれていくような幻想的な調和を保ち、岸辺の藪は薄暮の中で輪郭をぼかし、池の底には寒の戻りにも耐える生命の色がかすかに息づき、春の訪れを待つ静寂と、古都の庭園が持つ侘び寂びの美しさ。
三月初旬の夕刻、兼六園の池辺に立つ松の木々は、冬の間に施された優美な雪吊りの姿を、巨大な芸術作品のように天に向かって掲げている。円錐形に広がる細やかな縄の線は、幾筋もの光の糸となって空から降り注ぎ、繊細な造形は薄暮の空を背景に、静謐かつ厳かな美しさを放っている。深まりゆく藍色の水面。逆さまになった雪吊りの傘は、水底から湧き上がる光芒のように、水鏡の内に幻想的なピラミッドを形作っている。水面に映る松の濃い緑と、上へと引き伸ばされる縄の薄い色彩が織りなす対称の美。冬を耐え忍び、春の訪れを静かに待つ庭園。雪吊りの鋭いシルエットが水面に描く線の集積は、時の流れと静寂の中に、強さとはかなさが共存する日本庭園の奥ゆかしい美を映し出している。
三月初旬の兼六園、夕間暮れ時がすべてを包みこみ、冷気は肌を刺すように澄み渡り、呼吸するたびに清冽な水の香りが鼻腔を通り抜ける。空は深い藍色に移りゆき、頭上には満ちかけの月がおぼろな光の輪郭をたたえ、映す水面はすべてを吸いこむような漆黒の鏡となる。池に立つ松の木々。冬の雪吊りの優美な縄の線が、無数の光の糸となり天に向かって収束し、荘厳な幾何学模様は、水底から湧き上がる幻想的な逆円錐となっておごそかに映りこむ。手前の円柱からは、地下の水の圧力を一身に受けて立つ噴水が、夕日のかすかな光を金剛石の粉のように砕きながら、垂直の水柱となって天を突き刺し、飛沫は周囲の深い苔と濡れた石に生命の輝きとなって降り注ぐ。園内の音は全て遠ざかり、唯一、水柱が土台の石に打ち付けられる連続した破裂音と、水滴が再び池へと還る静かで微細なさざめき。冷たい風が梢を渡るたびに、繊細な雪吊りの縄をかすかに震わせ、噴水の霧は顔を撫でるように極めて細かく、水分の冷たさを肌に刻みこみ、湿った土の香りと常緑樹の葉から立ち上る清々しい松葉の匂いが混ざり合い、雪解けを待つ春の気配、侘びの静謐が凝縮された清浄な香りが満ちる。この清冽な大気を深く吸いこめば、庭園の奥底に湛えられた冷たい水の精髄を味わうかのような清々しさが喉の奥に残り、永遠の静けさと絶え間ない水の運動という対比の中で、春を待つ兼六園の奥ゆかしい美が、あらゆる感覚に深く刻みこまれていくのである。