
顧客価値の再構築:楽天グループのデジタルエコシステム論
第9回インド・モバイル・コングレス(IMC 2025)において、楽天グループの三木谷浩史会長兼CEOが、デジタルエコシステムがいかに顧客価値を根本的に変革しているかについて講演を行いました。
アジア最大級のテクノロジーイベントでの重要な発信
2025年10月8日から11日にかけて、インドのニューデリーで開催された第9回インド・モバイル・コングレスは、アジア最大級の通信・メディア・テクノロジーイベントとして知られています。インドのナレンドラ・モディ首相が開会式に出席したこのイベントで、三木谷氏は統合されたデジタルエコシステムが、イノベーションや効率性を推進するだけでなく、世界中の顧客価値を根本的に再定義していることを示しました。このイベントは、インドが通信インフラにおいて急速な進歩を遂げ、次世代技術分野でリーダーシップを発揮しようとする野心を象徴するものであり、楽天自身の先駆的な取り組みとも密接に結びついています。
28年かけて構築された楽天のエコシステム
三木谷氏は基調講演の冒頭で、日本における楽天エコシステムの規模について説明しました。楽天は、eコマース、クレジットカード、オンラインバンキング、モバイルサービス、デジタルコンテンツ、メッセージングアプリ、ポイントプログラムなど、多岐にわたる分野で日本トップクラスの地位を築いています。これらのサービスは統一されたブランドのもとで運営されており、旅行、フィンテック、プロスポーツにまで事業領域が広がっています。「このエコシステムにより、個々のサービスだけでなく、セクターを超えて顧客に価値を創造することができます」と三木谷氏は語りました。過去28年間にわたって着実に構築されてきた楽天の統合アプローチは、接続されたデジタルサービスが顧客エンゲージメントを高め、日常的な取引を簡素化し、サービス全体で一貫した価値を提供できることを実証しています。三木谷氏は、楽天の強みがソフトウェアファーストのアプローチにあり、それがこれらの相互接続されたサービスの構築に不可欠であったことを強調しました。
顧客が実感する統合型エコシステムの利便性
顧客はこの統合アプローチから直接的な恩恵を受けています。例えば、楽天モバイルの契約者は、エコシステム内をより簡単に移動でき、楽天市場でショッピングをしたり、楽天トラベルでホテルを予約したり、デジタルコンテンツに手軽にアクセスしたりできます。この利便性の向上は、顧客エンゲージメントの大幅な増加につながっています。日本のデータによると、モバイル契約者はマーケットプレイスでの支出が48.5%増加し、楽天トラベルの利用が10%増加する傾向にあり、エコシステムがユーザー体験を簡素化し、充実させることに成功していることを示しています。
ソフトウェアファーストが実現する通信革新
楽天の多様なサービス全体に深く組み込まれたソフトウェアファーストの哲学は、特に通信セクターにおいて革新的な成果をもたらしています。三木谷氏は、日本におけるオープンRAN(Open Radio Access Networks)の展開における楽天モバイルの成果を強調しました。多くの企業がモバイル事業から始めて他のデジタルサービスに進出するのに対し、楽天はまずソフトウェアの専門知識を構築し、その優位性をモバイルネットワークに直接応用することができました。ネットワークを完全に仮想化し、AI駆動の自動化を適用することで、楽天モバイルは設備投資を競合他社より約50%低く抑え、運用コストも30~40%削減しています。このネットワークは1,000人未満の従業員で運営されていますが、業界の同規模企業では通常約15,000人が雇用されています。三木谷氏は、楽天モバイルが自動化と統合技術を活用して、日本全国でネットワークカバレッジと効率性を拡大している様子を説明しました。「私たちのアプローチは、日本全体でアルゴリズム、ハードウェア、ソフトウェアをフルスケールで組み合わせています」と三木谷氏は述べました。「高品質を効率的に実現できることを証明しました」ネットワークには10万以上のマクロセル基地局が含まれ、ほぼ全人口をカバーしており、自動化により効率的な現場作業、サイト構成、全体的なネットワーク管理が可能になっています。日本国外では、楽天は38,000台のサーバーをサポートする4つの主要データセンターを含む、数千のデータセンターとエッジコンピューティング施設を管理しています。
インド市場の可能性とグローバルな教訓
国際的なトレンドについて、三木谷氏は、インド、中国、韓国などの国々がデジタルサービスを急速に拡大していることに言及しました。日本は、特にAI導入とエコシステム統合において、これらの市場から学ぶことで自国の進歩を加速できると強調しました。インドは楽天にとって戦略的に重要な市場です。モバイルインフラに加えて、三木谷氏はeコマース、フィンテック、より広範なデジタルサービスに機会を見出しています。日本における楽天の経験は、サービスの統合、顧客ロイヤルティの構築、ソフトウェア駆動型ソリューションを通じたグローバルパートナーのサポートのモデルを提供しており、インドの企業や政策立案者に実践的な示唆を与えています。
デジタル時代における人間性の重要性
技術の進歩について議論する一方で、三木谷氏は人間の創造性が中心であり続けることを強調しました。「ロボットによって完全に作られた高級ハンドバッグは、職人によって作られたものと同じ意味を持つことは決してありません」と彼は述べました。「AIは人間とのつながりを置き換えるのではなく、強化するべきです」三木谷氏は、技術が責任を持って発展することを保証するため、国や企業間の協力を呼びかけて講演を締めくくりました。「エコシステムを拡大する中で、私たちは人々やビジネスに力を与えるソフトウェア駆動型ソリューションを提供し、実用的で、アクセスしやすく、意味のある方法でイノベーションから恩恵を受けられるよう支援することを目指しています」と三木谷氏は語りました。
まとめ
IMC 2025における三木谷氏の講演は、デジタルエコシステムの統合が単なる技術的な進歩ではなく、顧客体験を根本的に変革する力を持つことを示しました。楽天が28年かけて構築してきた統合型アプローチは、ソフトウェアファーストの哲学と自動化技術を組み合わせることで、効率性と顧客価値の両方を実現しています。インドをはじめとするグローバル市場において、楽天の経験は、技術革新と人間性を両立させながら持続可能な成長を実現するための重要な指針となるでしょう。

私見と考察:三木谷浩史氏のデジタルエコシステム論から読み解く戦略的洞察
第9回インド・モバイル・コングレス(IMC 2025)で行われた楽天グループの三木谷浩史会長兼CEOの講演は、単なる企業の成功事例紹介に留まらず、「現代のメガテック企業が目指すべき顧客価値創造の青写真」を提示したと私には映りました。特に、彼の掲げる「デジタルエコシステム論」と「ソフトウェアファースト」の哲学は、従来のビジネスモデルに対する鋭いアンチテーゼとなっています。
私見1:エコシステムが生み出す「顧客価値の複利効果」の破壊力
三木谷氏が強調する「セクターを超えた顧客への価値創造」こそが、楽天エコシステムの最大の強みであり、他社の追随を許さない要因であると考えます。
垂直統合 vs. 水平連携:多くの企業が特定のセクターでの「垂直統合」(例:小売専業、通信専業)を目指すのに対し、楽天はeコマース、フィンテック、モバイルをポイントプログラムという単一の軸で「水平連携」させています。この連携は、単にサービスを並べるだけでなく「あるサービスでの行動データを別のサービスでの体験最適化に使う」ことを可能にします。
モバイル契約者の支出増加率の持つ意味:講演で示された「モバイル契約者はマーケットプレイスでの支出が48.5%増加」というデータは極めて重要です。これは、モバイルサービスが単なるコストセンターではなく、他の高収益事業(eコマース、フィンテック)のLTV(顧客生涯価値)を飛躍的に高めるブースターになっていることを証明しています。顧客は利便性を享受し、企業は収益性を高める、まさに理想的なWin-Win構造が機能していると評価できます。
楽天が目指しているのは、個々のサービス利益の総和ではなくエコシステム内で顧客が移動するたびに価値が積み重なる顧客価値の複利効果です。一度エコシステムに入った顧客が外へ出るインセンティブを極限まで減らすロックイン効果は、価格競争を超えた永続的な競争優位性を生み出しています。
私見2:通信業界の常識を覆す「ソフトウェアファースト」の革命
楽天モバイルのOpen RAN戦略と極端な効率化は、三木谷氏の講演における最も技術的かつ戦略的に革新的な部分です。
通信の金融化・IT化:従来、通信インフラは「重厚長大」なハードウェア産業でした。しかし、楽天はこれを「ソフトウェア」と「AI駆動の自動化」で置き換え、設備投資(CapEx)と運用コスト(OpEx)を劇的に削減しました。これは、通信業界における「インフラのソフトウェア化(Software-Defined Infrastructure)」という、真のDXを体現しています。
1,000人未満の従業員で運営:競合他社が約15,000人を要するネットワークを1,000人未満で運用しているという事実は、AIと自動化が人件費削減のツールに留まらず「オペレーションの複雑性そのものを根本的に排除する」役割を果たしていることを示唆しています。これは、スタートアップが既存産業に挑む際の、最も強力な武器である「軽快さ」を巨大インフラ企業が手に入れたことを意味します。
楽天の優位性は、他の企業がモバイル事業から始めて後付けでソフトウェアを導入したのに対し、楽天は最初からソフトウェアの知見を最大限に活用してモバイルネットワークを設計し直した点にあります。このアプローチは、コスト構造だけでなく、ネットワークの柔軟性、セキュリティ、新技術導入のスピードにおいて、従来のレガシーなキャリアとの間で圧倒的な差を生み出すでしょう。
私見3:インド市場への戦略的示唆とグローバルな教訓
三木谷氏がインドを「戦略的に重要な市場」と位置づけている点は、単なるビジネスチャンスを超えた、グローバルな文脈における楽天の役割を示しています。
インドのポテンシャル:インドは、通信インフラが急速に進化し、デジタル金融やeコマースへのシフトが日本や欧米よりも速い可能性がある「飛び級発展」が見込める市場です。しかし、同時に地方間の格差や、未だにレガシーな金融システムが残る地域も存在します。
楽天モデルの適用可能性:楽天の「Open RAN」は、従来のインフラ投資が重すぎた発展途上国にとって、低コストで高品質な通信インフラを短期間で構築するための理想的なソリューションとなり得ます。さらに、楽天のフィンテック(オンラインバンキングや決済)の経験は、インドの金融包摂(Financial Inclusion)を加速させる上で、非常に実践的なモデルを提供できるでしょう。
三木谷氏のグローバル戦略は、単に日本で成功したサービスをそのまま輸出することではなく、ソフトウェア駆動型ソリューションという競争優位性の高いインフラ技術(Open RAN)を基盤に提供し、その上に現地のニーズに合わせたエコシステムを構築していくという「インフラ+エコシステム輸出」の複合戦略であると推察します。これは、他国への参入障壁が高い通信分野において、極めて賢明な戦略と言えます。
私見4:テクノロジーと人間性のバランス感覚
講演の最後で三木谷氏が「AIは人間とのつながりを強化するべき」と述べ、人間の創造性の重要性を強調したことは、彼の経営哲学の深さを物語っています。
技術への過信への警鐘:三木谷氏は、デジタル化と自動化を強力に推進しつつもロボットが作った高級ハンドバッグの例を出し、技術が人間の感情や意味を代替できない限界を指摘しています。これは、顧客エンゲージメントの最終的な決定要因は、効率性や価格ではなく、人間的なつながりやブランドへの愛着(ロイヤルティ)にあるという洞察に基づいていると考えられます。
楽天のエコシステムは、データとAIで極限まで効率化を図りながらも、最終的には「楽天ポイント」という共通の価値と、多岐にわたるサービスを通じて顧客の生活を豊かにするという「人間中心」の目的のために存在しています。技術的な革新が、非人間的なものになっては意味がないという、経営者としての倫理観と哲学が、この発言に集約されていると感じました。
三木谷氏のIMC 2025での講演は、楽天が過去28年間で培ってきた「デジタルエコシステム」「ソフトウェアファースト」「徹底的な効率化」という三つの柱が、もはや日本国内の成功事例ではなく、グローバルな市場で通用する新しい顧客価値創造のモデルとして確立されたことを宣言するものでした。特に、Open RANと自動化による通信コスト構造の破壊は、今後数年で世界の通信業界のパワーバランスを大きく変える可能性を秘めていると確信しています。
Reshaping global customer value: Mickey Mikitani on digital ecosystems at IMC 2025
https://rakuten.today/blog/mickey-mikitani-on-digital-ecosystems-at-imc-2025.html
