映画評「バグダッドカフェ」(1987年/ドイツ)

1987年/ドイツ/108分 監督・脚本・製作:パーシー・アドロン 脚本・製作:エレオノーレ・アドロン 出演:マリアンネ・ゼーゲブレヒト/CCH・パウンダー/ジャック・パランス/クリスティーネ・カウフマン

なにもない。長い長いハイウェイ。取り残されたように存在するモーテルやカフェ。夕暮れになるとオレンジ色に染まる。この自然と一体化した広大な風景も、アメリカならではのものだろう。映像というよりも、風景画に近い。撮影は、ミュンヘン出身のベルント・ハインル。私はこの映画以外に彼の撮影した映画を全く見たことがないのだが、記憶に残るような斬新なカットをいくつも撮っていて、非常に驚いた。非常に美しい色使いである。「続けて」と言った後、ピアノの音が流れるシーンが印象的だ。疲れ切ってグッタリした時に見ても、最後のほうになると前のめりに見入ってしまう。寂しさと出会いの感覚。そして何かが変わる感覚。時代と同じような感じで目の前のハイウェイではトラックがどんどん過ぎ去っていく。ここでは時間がゆっくりと流れていく。取り残されたような感覚。そういう場所で、異邦人が受け入れられる物語だ。制度的ではなく、国際交流的でもなく、人と人とがつながっていく。殺伐とした生活を続け、疲れてホッとしたい時に見ると、とても共感を覚える。こういう場所で、すごくコーヒーを飲みたくなる。カフェの女主人役のキャロル・クリスティン・ヒラリア・パウンダーが強烈。彼女の性格が激しすぎて、ストーリー的には何も展開されないのにも関わらず、あっという間に時間が過ぎていく。彼女は最初は非常に強く主人公に当たっていた。私にはその気性の激しさもなんとなく自然で理解できそうな気がする。さすがにコーヒーメーカーを買いに行って、買うのを忘れて帰ってくるのはまずいだろう。ただ、そこまで怒るものなのだろうか。彼女のいらいらした演技を眺めながら、日々の生活において私自身も同じように他人に冷たく当たっていることもあるのではないかと反省してしまう。受け入れられる側でもありたいし、受け入れる側でもありたい。心の中にバグダッドカフェをいつまでも持ち続けたいものだ。外国人の書いたシナリオだし、設定も外国人との会話になるので、簡単な言葉遣いの英語が多いのも印象的。わかりやすい言葉だと世界的な普遍性を持つのかもしれない。砂漠のコヨーテが鳴くような「コーリング・ユー」は、冒頭、劇中、エンドロールに流れ、まさに映画音楽。広大な空間で遠くの相手を呼ぶ声は、冒頭では届かなかったが、最後には届いている。I am calling you.Can’t you hear me?I am calling you.I am calling you.I know you hear me.I am calling you.