
映画評「ボビー・フィッシャーを探して」(1993年/アメリカ)
1993年/アメリカ/109分 監督・脚色:スティーブン・ザイリアン 製作総指揮:シドニー・ポラック 原作:フレッド・ウェイツキン 撮影:コンラッド・L・ホール 出演:ジョー・モントーニャ/ローレンス・フィッシュバーン/ジョアン・アレン/マックス・ポメランツ
チェスというものの奥深さを覗きこめた気がした。一度入りこむと、抜けることのできそうもない大きな魅力も感じることができた。行方不明になった天才、ボビー・フィッシャーの話がおとぎ話のように要所要所で現れる。特に話には関係ないように見える。非常に興味深い演出方法だ。ただの天才ではなく、行方不明になった天才だ。天才の栄光を軽やかに画面に踊らせて華やかさを演出している。同時に、天才であっても行方をくらませてしまうような、なにかに追いこまれるような緊迫感、さらには勝負に関する狂おしいまでの熱情も演出している。分かりやすい人物描写も印象に残った。大会に出場しないチェスの先生。公園でスピードチェスで稼いでいる男。チェスの天才を子に持った父。この3者の対照的な人物配置で、主人公の周りの世界に奥行きを持たせている。父はチェスはそれほど強くないが、子供に強い影響を与える。反面、子供の成功に有頂天になり、回りが見えていない。公園の男は自由奔放で攻撃的なチェスをする楽しい仲間だ。反面、生活態度は子供に悪影響を与えそうだ。先生はチェスの技術的な指導に長け、証明書を伝授することで栄光を子供に与える。反面、つきあっても楽しい相手ではない。3人とも子供以上に問題児だ。そもそものきっかけは楽しくて始めただけなのに、本人とは全然関係ない大人の強力なエゴによって大きくゆがんでいく流れがよく描けている。母親に存在感がある。チェスを越えた達人の境地だ。子供の幸せを願う、親としての正しいありかたが心に残る。教育物、家族物の黄金比。子供を取り巻く人間関係がよく描けている。役者として見ても、父は雨のシーン、公園の男は叱咤激励しながらチェスを指すシーン、母は教師に向かって出ていけと命じるシーン、教師は賞状を渡すシーン、それぞれに見せ場が用意されていて、誰もが素晴らしい演技だ。魅力的なキャスティングだった。大人のどんな思惑が邪魔しようとも、最終的に解決を選び出すのは子供だ。「分かるまで駒に触るな。私の顔を見るな。頭の中で1手ずつ動かすんだ。キングを隅に追いつめる手が見えるはずだ。こうしよう」とチェスの駒を払い落とすシーンが印象に残った。観客の目の前を飛び散る駒。映画的に奥行きを生かした素晴らしい構図だ。子供は何も置かれていない盤上で正解を見出す。ほとんど禅の修行のようだ。この部分が、この映画の面白いところだ。ここに、なにかの真理が隠されている気がする。クライマックスでも頭の中に言葉が流れていく。「Don’t move until you see it. I can’t see it. Don’t move until you see it. I can’t see it. Don’t move until you see it. I’m sorry, Dad.」そして修行の瞬間が訪れる。「Here I’ll make it easier for you.」分かるまで動かず、目の前のものから離れて考える。そうすることで見えてくるものがある。子供の成長が描かれている素晴らしいシーンだ。相手に勝ったというよりも、自分に勝った瞬間だ。感情も越えて、勝敗も越えて、なにかの流れを読んだ感覚だ。天才でもなく、行方不明者でもない。ボビー・フィッシャーの世界に近づいた瞬間だろう。どこか、世界と離れたような場所がチェスの盤上には存在し、全てをはっきりと理解できる瞬間がある。そこに魅力があるのだろう。チェスの神髄に触れたような気がした貴重な瞬間だった。話の流れ以外にも、画面自体が面白い。「なるほど、ここに照明を当ててるのか。なるほど。ここにピントを合わせているのか」と、1シーンごとに感心した。画面を何度見ても新たな発見ができる映画だ。撮影監督のコンラッド・L・ホールは「明日に向って撃て!」や「アメリカン・ビューティー」など、数多の名作に起用されているアメリカ映画の至宝ともいうべき存在だ。限定された照明で絵画的な画面構成を構築する名人芸のような技術は健在。画面の一部分に強烈な光を当てて、逆光になろうとも人物が浮かび上がる。対象物は美しいグラデーションを身にまとっている。白黒映画の技術に近い気もする。色を持たなくても画面として成立しそうだ。このモノトーン的な映像表現は、チェスの世界と調和している。身近な視点で対象をきれいに描くことのできる素晴らしい撮影監督だ。ブロック玩具が並ぶシーンや、公園の男が新聞を読んでいるシーン、ラストの2人が並んで歩くシーンが印象的だ。ぼかしやソフトフォーカスのような存在の淡さ。全編にわたり子役の素朴な表情がかわいく撮れている。かわいい孫を撮っているかのような優しさ、人間のぬくもりを感じた。
