
MWC 2026の楽天×1&1対談から読み解く通信業界とOpen RANの現在
2026年3月、スペイン・バルセロナで開催された世界最大の通信イベント「MWC Barcelona 2026」。その会場内、楽天グループのブースシアターで行われたパネルディスカッションが、業界関係者のあいだで静かな話題を呼んでいます。登壇したのは、楽天モバイル共同代表取締役兼楽天シンフォニー代表のシャラド・スリワスタワ(Sharad Sriwastawa)氏、そしてドイツの通信事業者「1&1」のCEO、ミヒャエル・マルティン(Michael Martin)氏。モデレーターを務めたのは、業界調査機関GSMAインテリジェンスのトップ、ピーター・ジャリッチ(Peter Jarich)氏です。テーマはOpen RAN。その当初の約束、現在の軌跡、未来の可能性について。この対談は、現在進行形の通信革命を語る、非常に密度の濃い議論でした。
Open RANとは何か。まずは基本から整理
記事の本題に入る前に、「Open RAN」という言葉をおさらいしておきます。RANとは「Radio Access Network(無線アクセスネットワーク)」の略で、スマートフォンと基地局のあいだをつなぐ通信インフラのことです。従来の通信網では、このRAN部分のハードウェアとソフトウェアが特定のメーカーによって一体化されていました。エリクソン、ノキア、ファーウェイなどの大手ベンダーが「セット」として提供するため、一度導入すると他社製品への乗り換えが極めて困難になります。いわゆるベンダーロックイン(特定メーカーへの依存)の問題です。
Open RANはその常識を覆す概念で、ハードウェアとソフトウェアを分離し、異なるメーカーの部品を組み合わせて使えるようにしようという発想です。ソフトウェアはクラウド上で動かし、汎用のサーバーを使うことでコストも下げられる。楽天モバイルはこのOpen RANを、国内で最初から採用して全国ネットワークを構築した世界唯一の大手通信事業者として知られています。
「ARPUが上がらない」業界全体が抱える構造的な悩み
パネル冒頭、スリワスタワ氏は通信業界が直面している根本的な課題を率直に語りました。「通信事業者は複数の技術を次々と展開しているのに、ARPU(ユーザー一人あたりの平均収益)が上がらない。コスト削減と収益増加の両立が強く求められているが、その手段は接続性だけにとどまらない」 というのがスリワスタワ氏の認識です。
ARPUとは、1契約者から毎月得られる売上の平均額のことです。3Gから4G、4Gから5Gへと技術は進化し、設備投資も膨大に行われてきました。しかし通信料金の「値下げ圧力」は世界的に強まる一方で、ユーザーが余分にお金を払ってくれるかどうかは別の話です。5G対応端末を持っていても、ユーザーが感じる価値が4Gと大きく変わらなければ、ARPUは上がらない。この「投資と収益のギャップ」は、日本だけでなく世界の通信事業者が共通して頭を悩ませている問題です。
だからこそスリワスタワ氏は、単なる「つながるパイプ屋」からの脱却を訴えます。そのために必要だとして提示したのが、業界再編を左右する6つの構造的な変革の方向性です。
6つの構造転換。スリワスタワ氏が描くテレコムの未来像
スリワスタワ氏が強調した6つの軸は、「持続可能な通信事業者」「AIが主導する自律的なネットワーク運用」「非地上系ネットワーク(衛星通信など)」「エコシステム構築と収益化」「ソフトウェア定義ネットワーク」「将来に備えた安全・6G対応ネットワーク」です。 ひとつひとつ、かみ砕いて説明します。
持続可能な通信事業者:基地局の電力消費は膨大で、通信業界は環境負荷という点でも厳しい目を向けられています。AIを使ってエネルギー消費を最適化し、コストと環境への影響を同時に下げることが急務です。楽天モバイルはすでに、AIによる基地局のエネルギー効率最適化でTMフォーラムのLevel 4認定を世界で初めて取得しており、これは「自動化」と「脱炭素」の両立を示す実績です。
AIが主導する自律的なネットワーク運用:ネットワーク障害の検知から設定変更まで、人間がいちいち指示しなくてもAIが判断して動く「自律型ネットワーク」の実現を目指すということです。楽天モバイルはすでに全国でRIC(RAN Intelligent Controller=無線ネットワークをAIで制御するソフトウェア)の商用展開を完了しており、この分野では世界の最前線を走っています。
非地上系ネットワーク(NTN):衛星通信や高高度プラットフォームを使った空からのカバレッジ補完です。地上の基地局だけでは届かない山間部や海上でもネットワークをつなぐ技術で、近年スマートフォンへの直接衛星接続が現実的な選択肢になりつつあります。
エコシステム構築と収益化:楽天グループの特徴そのものです。通信サービスを軸にポイント、ショッピング、金融などのサービスを束ねて相互に連携させるモデルで、ARPUの限界を「生態系全体の収益」で補う発想です。
ソフトウェア定義ネットワーク:Open RANとも深く結びつく概念で、ネットワークのあらゆる機能をソフトウェアで制御・更新できるようにすることです。ハードウェアの買い替えなしに機能追加や改善ができるため、コスト効率と俊敏性が格段に上がります。
6G対応:今すでに設計段階から次世代規格への対応を考えることで、将来の追加投資を最小化するという考え方です。
1&1の実証。欧州で進むOpen RANの本番運用
このパネルでもうひとつ重要な視点を提供したのが、マルティン氏率いる1&1の存在です。1&1は、楽天モバイルとRakuten Symphonyのパートナーとしてドイツ全土にOpen RANネットワークを構築している通信事業者です。ドイツのモバイル市場はこれまでドイツテレコム、ボーダフォン、テレフォニカの3社寡占状態でしたが、1&1が第4のキャリアとして本格参入することで、市場地図が塗り替わろうとしています。
マルティン氏はMWC 2026の場でこう述べました。「欧州はOpen RANに向けて動き出している。1&1のO-RANは、他社がまさに走り始めようとしている地点に、すでに立っている」 と。その言葉は自信過剰ではありません。2023年末にOpen RANサイトの稼働を開始した1&1は、2025年11月までに1,200万以上のモバイル契約者を自社ネットワークに移行完了し、世界最大の即時ユーザー基盤を持つOpen RAN展開となりました。
MWC 2026の時点でドイツの全世帯の約27%をカバーしており、これは規制当局が設定した最低目標を上回るペースです。 2026年中にはローバンド周波数(電波が遠くまで届く低い周波数帯)が確保できれば40%まで拡大する計画も発表されました。1&1のネットワークはマルチクラウドプラットフォームとして設計されており、汎用サーバー上でクラウドネイティブなRANとコアを動かすRakuten Symphonyとの協力体制のもと、ベンダーロックインを避けた柔軟なアーキテクチャを実現しています。
Open RANは死んだのか。問いへの答え
パネルの背景には、業界に漂う「Open RANは失敗だったのではないか」という根強い懸念があります。当初の期待があまりに大きかった反動として、複雑な統合作業や当初の展開の遅れを根拠に、Open RANの限界を指摘する声も出ていました。
しかしこの対談は、そうした悲観論に対するひとつの明確な回答として機能しています。楽天モバイルはすでに日本全国で本番運用中のOpen RANネットワークを持ち、AIによる自律運用の最前線を走っています。1&1はドイツ全土に1,200万ユーザーを抱えるOpen RANネットワークを現実に動かしています。この2社がMWC 2026の壇上に並んだことの意味は大きい。「理論」や「パイロット実験」の段階ではなく、「本番稼働中の大規模ネットワーク」を持つ事業者が二社、公の場で自らの経験を語ったわけです。
一方で業界では、フルマルチベンダー(完全な部品の組み合わせ自由)から、複雑さを管理しやすくした「事前統合スタック」へとアプローチを修正する現実的な動きも出ています。 これはOpen RANの敗北ではなく、成熟の証といえるでしょう。理想と現実のあいだで調整しながら着実に前進するのが、技術普及の自然な姿です。

私見と考察:この対談が示すものの本質
この対談で最も印象深いのは、スリワスタワ氏の「ARPU問題」の提起から議論が始まっていることです。Open RANの技術的優位性を語る前に、まず「なぜ変わらなければならないか」という経営上の必然性を語る。これは非常に賢明な切り口です。技術者の聴衆だけでなく、経営者・投資家・規制当局まで含めた幅広い関係者に対して、Open RANの採用が「技術的なロマン」ではなく「経営的な必然」であることを説く構えといえます。
1&1の存在意義もここで際立ちます。楽天モバイルはグリーンフィールド(既存インフラのしがらみがないまっさらな環境)での構築という有利な条件があったのに対し、1&1はドイツの既存市場に割り込み、規制の制約と戦いながら、なおかつ旧来の大手3社と競争しながらOpen RANを展開しています。その過程には無論、ネットワーク障害などの苦い経験もありました。だからこそ1&1の「それでも前進する」という姿勢は、Open RANの現実的な可能性を語るうえで強い説得力を持ちます。
また、スリワスタワ氏が掲げた6つの構造転換の中に「エコシステム収益化」が含まれている点は、楽天グループとしての戦略と完全に合致します。通信事業者が生き残るには、「通信料金」という単一の収益源に依存するビジネスモデルを超えなければならない。楽天のポイント経済圏がその実証例であり、これを世界の通信事業者に輸出しようというのが楽天シンフォニーのビジネスの核心でもあります。
さらに注目したいのは、このパネルのモデレーターがGSMAインテリジェンスのトップであるジャリッチ氏だという点です。GSMAは世界の通信事業者の業界団体であり、そのトップアナリストがファシリテーターとして座っていることは、この議論が業界の「公認された重要課題」として認知されていることを示しています。楽天と1&1の事例が、もはや「特殊なケース」ではなく「業界の教科書」になりつつあるということかもしれません。
6Gの足音が近づく前に
スリワスタワ氏が「6G対応」を6つの転換の最後に挙げたことには、示唆深いメッセージが込められています。5Gがまだ普及段階にある現在、6Gを語ることは時期尚早に見えるかもしれません。しかし、今構築するネットワークアーキテクチャが10年後の6G展開コストを大きく左右します。ソフトウェア定義のOpen RANであれば、将来の規格変更に対してソフトウェアのアップデートで対応できる部分が増えます。レガシーな一体型ネットワークを持つ既存大手は、6G移行の際に再び巨額の設備入替コストを迫られる可能性が高い。今、Open RANに投資することは、実は「将来のリスクヘッジ」でもあるのです。
MWC 2026のバルセロナで行われたこの対談は、短い動画の中に、Open RANの現在地と、通信業界が向こう10年をどう生き抜くかという問いへの答えが凝縮されていました。楽天とドイツの1&1という、国も規模も経緯もまったく異なる2社が同じステージで同じ方向を向いている事実は、Open RANという潮流がもはや一過性のトレンドではないことを雄弁に物語っています。
Open RAN Leaders: Rakuten, 1&1 on the Future of Open and Automated Architecture
