
もう一社に縛られなくていい:楽天シンフォニーが変えつつある通信業界の常識
2026年5月、楽天グループが発表した2026年第1四半期の決算は、単なる数字の発表にとどまらない意味を持っていました。楽天モバイルがEBITDA(注1、2、3)で前年同期比75億円の改善となる10億円で、固定資産税費用の計上がある第1四半期として初の黒字化を達成しました。その陰で、グループの通信インフラ部門である楽天シンフォニーが、業界の常識を静かに塗り替えてきた事実があります。
(注1)EBITDAはNon-GAAP営業利益に減価償却費などを加算して算出
(注2)Q1/26より、一部のAI関連の開発費用を各事業に配賦するように変更。Q1/25以降のセグメントおよび各事業の業績について遡及修正を実施
(注3)Q4/25よりモバイル関連投資損益を含む
参考:楽天グループ株式会社2026年度第1四半期 決算ハイライトに関するお知らせ
https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2026/0514_01.html
楽天シンフォニー社長のシャラッド・スリワスタワ氏は、今回の決算を振り返り「レガシーな通信事業者モデルの時代は終わりを迎えつつある」と述べています。やや大げさに聞こえるかもしれませんが、この言葉の背景を知ると、その重みが変わってきます。通信業界には長年、一社依存という構造的な問題がありました。基地局や通信機器をある特定のメーカーに統一することで、システムの安定性を保つという考え方です。複数のメーカーの機器を組み合わせることは、技術的な相性問題を引き起こすリスクがあるとされ、「難しすぎる」として長く敬遠されてきました。いわば「一社に首根っこを押さえられた」状態が業界標準だったわけです。
楽天シンフォニーは、この前提に正面から挑んでいます。同社の展開するOpen RANと呼ばれるオープンな通信インフラのアーキテクチャでは、異なるメーカーの機器を組み合わせて使うことを前提としています。現時点で22種類のハードウェアタイプを対象に相互接続の検証と実装を済ませていて、70社の顧客と21のグローバルパートナーと共に実用性を実績として積み上げてきました。
世界全体で見ると、複数ベンダーによるRAN展開はいまだ業界全体の5%未満にとどまっています。大多数の通信事業者が、今も一社のベンダーに依存した構成を維持しているのが現実です。楽天シンフォニーが「市場の扉を開けている」と表現するのは、こうした数字を踏まえてのことです。
自社の通信ネットワークを実証の場としてきた楽天モバイルの経験も、楽天シンフォニーの強みを支えています。世界初の完全仮想化・クラウドネイティブな商用モバイルネットワークとして構築された楽天モバイルのインフラは「できるはずがない」という業界の声を覆してきた歴史の積み重ねです。その過程で培われたノウハウと技術が、楽天シンフォニーを通じて世界の通信事業者に展開されています。
今後の方向性について、スリワスタワ氏はAIとの融合を鍵として挙げています。楽天シンフォニーは、次世代の通信インフラにAI処理能力を統合するAI-RANの領域に注力しており、クラウドネイティブな基盤の上で、通信と人工知能が不可分に結びついた世界を見据えています。楽天モバイル自身もすでに、基地局の電力効率管理においてレベル4の自動化を達成しており、自律的に自己最適化するネットワークの実現を次の目標として掲げています。
「複数のベンダーを使いこなすことはリスクではなく、むしろ強みである」この考え方が業界に浸透するまでには、まだ時間がかかるかもしれません。しかし楽天グループの2026年第1四半期決算が示したのは、その考え方がすでに収益という形で証明されつつあるということです。通信インフラの世界で、旧来の「常識」が静かに、しかし確実に書き換えられています。

私見と考察:マルチベンダーRAN5%の壁。楽天シンフォニーの次の論点
楽天シンフォニー社長のシャラッド・スリワスタワ氏は2026年第1四半期の結果を「エコシステム・プレミアム」という言葉で説明しています。モバイル契約単体の収益ではなく、ECや金融、旅行など楽天グループのサービス群と組み合わせて利用するユーザーの解約率が事実上ゼロに近い水準にあるという構造的な優位性です。この収益モデルの確立は、インフラ側の効率化なしには成立しませんでした。その意味で、今回の黒字化は楽天シンフォニーの技術戦略と表裏一体の成果として読む必要があります。
業界全体で見ると、マルチベンダーRANの普及率は現在も5%未満にとどまっています。スリワスタワ氏はこの数字を「シングルベンダーの呪縛」として批判的に言及していますが、テレコムの現場から見れば、この数字が低い理由は単純ではありません。O-RAN仕様の成熟度、インターフェースの標準化の進捗、運用保守における責任分界点の曖昧さ。これらは依然として現実の導入障壁として機能しています。楽天シンフォニーが22種類のハードウェアタイプにわたる相互接続検証を完了させ、70社の顧客と21のグローバルパートナーと共に実績を積み上げてきたことは評価に値しますが「自社ネットワークで証明した」という文脈と「他のオペレーターが大規模展開できる」という文脈の間にはまだ埋めるべきギャップがあります。この点は、同社が今後どのようにサポート体制と保証モデルを整備していくかにかかっています。
自律化の進展については、楽天モバイルがRAN電力効率管理においてレベル4の自動化を達成したという開示は注目に値します。TMForumの自律ネットワーク基準に照らせば、レベル4は特定ドメイン内での完全自律運用を意味し、コアや伝送系を含むネットワーク全体への展開を次の目標として掲げていることは、単なるロードマップ上の言葉ではなく、具体的な技術的成果として受け取ることができます。ただし、ドメインをまたいだ自律化は、RAN単体での達成とは質的に異なる困難を伴います。特に伝送系やコアのO-RAN準拠度、各ドメイン間のインテント駆動型オーケストレーションの実装レベルが、今後の論点になるでしょう。
AI-RANへの注力という方向性については、業界全体の流れと一致しています。しかし現時点では「AI-RAN」という言葉自体の定義がベンダーによって大きく異なります。楽天シンフォニーが言及するオブジェクトストレージとクラウドネイティブ基盤の拡充は、エッジでの推論処理やオンプレミスでの主権的AI運用を見据えた布石として読めますが、RANそのものへのAI統合。たとえば「AIによるビームフォーミング最適化やスペクトル管理」と「インフラ基盤としてのAIサポート」は、分けて整理する必要があります。同社がどちらの意味でAI-RANを語っているのか、今後の具体的な発表が判断材料になります。今回の決算が示す最も重要な論点は「Open RANは収益と両立するか」という問いに対して、少なくとも一つの実例が肯定的な答えを出したという事実です。
楽天グループの2026年第1四半期決算は、通信業界の構造変化を数字として可視化した出来事でした。楽天シンフォニー社長のシャラッド・スリワスタワ氏が「レガシーな通信事業者モデルの時代は終わりを迎えつつある」と述べる背景には、単なる楽観論ではなく、7年にわたる技術実証の積み重ねがあります。マルチベンダーRANの普及率がいまだ5%未満にとどまる中、楽天シンフォニーは自社ネットワークを実験台として、Open RANの実用性と収益性の両立を示しました。完全な答えが出たわけではありませんが「できない」という前提が崩れた意味は小さくありません。自律化とAIとの融合を次の目標に据えた同社の歩みが、通信インフラの未来図をどう描き直していくか、引き続き注目されます。
Beyond the Network: Why Our Q1 2026 Results Mark a Turning Point
https://symphony.rakuten.com/blog/beyond-the-network-why-our-q1-2026-results-mark-a-turning-point
