楽天シンフォニーが語る通信AI実用化の条件

通信業界では、AIによる障害予測、予知保全、消費電力削減、ネットワーク品質の最適化に期待が集まっています。しかし、高性能なAIモデルを導入するだけで、通信ネットワークが自動的に賢くなるわけではありません。必要なのは、分散したデータを安全に利用できる環境、AIの判断をネットワーク制御へ反映する仕組み、複数のAIを調整するルール、そして部門を横断した運用体制です。通信業界におけるAIの焦点は、技術の可能性を証明する段階から、稼働中のネットワークで安全かつ大規模に動かす段階へ移っています。

Network X Americas 2026で通信大手がAIの実践を議論

2026年5月18日から20日にかけて、米国テキサス州ダラス近郊のアービングにあるIrving Convention Center at Las Colinasで「Network X Americas 2026」が開催されました。Network X Americasは、モバイル、固定アクセス、FWA、Wi-Fi、非地上系ネットワーク(NTN)など、融合が進む通信インフラの将来を幅広く扱うイベントです。パネルディスカッションはTelecom Infra ProjectのエグゼクティブディレクターであるKristian Toivo氏が進行し、AT&TのRAN Technology担当VPであるRob Soni氏、TELUSのWireless Technology & Services担当VPであるBernard Bureau氏、Reliance Jio InfocomのProduct Development & Partnerships担当SVPであるPrakash Sankara氏、AWS IndustriesのDirector of TechnologyであるKaniz Mahdi氏、楽天シンフォニーのAutomation & Transformation担当VPであるAhmed Abdelaziz氏が登壇しました。議論の中心となったのは、AIの将来像ではなく、実際に稼働している通信ネットワークへAIを導入し、異なるシステム、ネットワーク領域、部門を横断して本格運用するための条件でした。

パネルディスカッションの模様はこちらで確認できます。

https://youtu.be/MioxosJweBU


AI活用は実証実験から商用ネットワークでの実践へ

通信業界ではこれまで、AIがネットワーク運用に役立つかどうかを確認する実証実験が数多く行われてきました。しかし現在の焦点は、AIに何ができるかを示すことから、商用ネットワークで具体的な価値を生み出し、その成果をほかの領域へ広げることへ移っています。楽天シンフォニーのAhmed Abdelaziz氏は、最初からネットワーク全体をAI化するのではなく、難易度が高く、事業への影響も大きい課題から着手することが重要だと説明しました。その代表例が、ネットワーク設備の消費電力削減です。対象を特定のユースケースに絞れば、必要なデータがどこにあるのか、異なるシステムからどう取得するのか、AIの判断をどのように検証するのか、どのような状況で人間が介入するのかを具体的に決められます。一つの領域でAIが安定して機能することを証明できれば、その過程で整えたデータ連携、権限管理、検証方法、ガバナンスを、障害対応、予知保全、品質最適化などへ展開できます。最初のユースケースは単独の成果を得るためだけの取り組みではなく、ネットワーク全体へAIを広げるための設計図にもなります。

障害対応や予知保全でAIが判断と実行を担う

AIが担う役割は、ネットワークの状態を分析し、異常を知らせることだけではありません。設備の異常を検知し、原因を推定し、必要な処置を判断したうえで、その結果をネットワークへ反映するところまで広がりつつあります。楽天シンフォニーは、障害からの復旧が正常に完了したかを確認するリカバリーアシュアランスや、設備の状態から故障の兆候を捉える予知保全に取り組んでいます。TELUSからも、無線ネットワークにおける異常検知、ネットワーク状態の可視化、問題を解消するための処置をネットワークへ反映する活用例が紹介されました。こうした取り組みが本格化すれば、障害が発生してから担当者が対応する従来の運用から、障害の兆候を早期に把握し、サービスへの影響が広がる前に対処する予防型の運用へ移行できます。AIは人間の作業を速くするだけの補助ツールではなく、ネットワークの状態を継続的に把握し、運用の流れそのものを変える存在になり始めています。

TELUSは顧客が感じる通信品質をAIで予測

TELUSは、ネットワークが技術的に正常かどうかだけでなく、利用者が通信品質をどのように感じているかをAIで予測する取り組みを進めています。何十万人もの顧客に通信体験を5段階で評価してもらい、その回答とネットワークの観測データを組み合わせることで、利用者が通信品質をどう認識しているかを高い精度で予測するモデルを構築しました。従来のネットワーク運用では、通信速度、遅延、接続率、障害件数など、ネットワーク側から測定できるKPIが重視されてきました。しかし、技術的な数値に大きな問題がなくても、顧客が実際の利用場面で不便を感じる場合があります。TELUSの取り組みは、ネットワークKPIを監視するだけの運用から、顧客体験の改善に直結する対策を選ぶ運用への転換を示しています。AIによってネットワークの状態と顧客の評価を結び付けられれば、障害が発生してから対処するのではなく、利用者が不満を感じる前に品質低下の兆候を捉えられる可能性があります。

Reliance Jioは約5億人を支えるためにAIを活用

Reliance Jio Infocomは、2016年に商用サービスを開始した比較的新しい通信事業者ですが、現在は約5億人の加入者を抱える巨大なネットワークを運用しています。インドでは顧客一人当たりの平均売上高であるARPUが低いため、収益性を維持しながら膨大な利用者を支えるには、AIと自動化による運用効率化が欠かせません。Jioでは、課金や料金プランなどに関する問い合わせの75~80%を、AIを利用したセルフケアによって人手を介さずに処理しています。一方、AIの利用範囲を広げるには、ネットワークだけでなく、そこで働く人と組織も同時に変える必要があります。Jioは、従業員が大規模言語モデルなどを適切に利用し、機密データを外部のAIサービスへ入力しないよう、セキュリティを含む全社的な教育も進めています。AIによる自律化は、ソフトウェアを導入するだけでは実現できません。業務手順、責任範囲、人材育成まで含めた変革が必要になります。

AT&Tでは1日約70万件のAI駆動処理を実行

AT&Tでは、RANの最適化に関するAI駆動の処理を1日約70万件実行しています。AIが通信ネットワークで役立つかどうかを試す段階ではなく、日常的なネットワーク運用の一部として大規模に利用していることを示す数字です。さらに、AIエージェントを使って障害の原因究明やデバッグを支援する基盤を導入し、顧客対応部門が問題を迅速に特定できるようにしています。Rob Soni氏は、基地局の保守などで一部の設備が停止した際に、周辺設備によって通信エリアを補完する制御や、RANの消費電力を20~30%削減する省電力化の取り組みにもAIを利用していると説明しました。AT&Tは約150年にわたって構築してきた既存ネットワークを抱えており、すべての設備を短期間で最新システムへ置き換えることはできません。基盤モデルや大規模言語モデルを使って複数のシステムに分散する情報を関連付け、新しいオープンな基盤と既存設備を結び付けることで、ネットワーク全体の複雑さを吸収しようとしています。AIは熟練技術者を単純に置き換えるものではなく、退職などによって失われる可能性がある技術や運用知識を、次の世代へ引き継ぐための基盤にもなります。

データを一カ所へ集めることが正解とは限らない

AIの性能を引き出すにはデータが欠かせませんが、通信事業者が保有する運用データは、無線、コア、伝送、固定アクセス、Wi-Fi、顧客管理などのシステムに分散しています。さらに、ベンダーごとにデータ形式や接続方法が異なり、重要なデータが特定ベンダーのシステムや独自インターフェースの内部に閉じ込められていることもあります。AWS IndustriesのKaniz Mahdi氏が提示したのは、すべてのデータを巨大な基盤へ移動させるのではなく、データを本来の場所に残したまま共同学習する「連合学習(Federated Learning)」と呼ばれる分散型の考え方です。この場合に重要なのは、より多くのデータを無条件に収集することではありません。異なるシステムが持つデータの意味をそろえ、AIが必要な情報へ安全にアクセスできる状態を作ることです。オープンなインターフェース、O-RANの認証、共通フレームワークなどは、ベンダーごとに分断された環境を横断しやすくします。AIの成熟度は、採用したモデルの性能だけでは決まりません。必要なデータへアクセスし、その意味を理解し、判断を実際のネットワーク操作へ反映できる環境を構築できるかどうかが大きな差になります。

ネットワーク言語モデルは通信業界の共通言語になり得る

議論では、ネットワーク言語モデル(NLM)の可能性も取り上げられました。NLMは、通信ネットワーク固有のデータや運用上の文脈をAIが理解しやすくする、通信分野に特化したモデルです。AWSはMWC 2026において、複数のプロバイダーが持つデータを一カ所へ移動させずに学習するNLMを実演しました。さらに、NVIDIA Omniverseを使ったデジタルツインから合成データを生成し、それによって初期モデルを学習させたうえで、実際の運用データを使って継続的に改良する方法も提示しています。関連する業界の動きとして、Telecom Infra Projectは2026年3月、「Data & AI Foundations Project Group」を発足させました。無線、伝送、固定アクセス、Wi-Fi、コアを横断するデータとAIの枠組みを整備し、プライバシーやデータ主権を維持しながら、複数の事業者がNLMを共同学習できる連合学習の仕組みを目指しています。異なるベンダーやネットワーク領域の情報を共通の意味体系で扱えるようになれば、NLMはネットワーク、データ、AIエージェントを結ぶ共通言語として機能する可能性があります。

個別のAIを束ねるポリシー管理レイヤー

AIのユースケースが増えるほど、それぞれのAIを統合して管理する仕組みが重要になります。楽天シンフォニーは、実運用が広がるにつれて、RAN、コア、伝送など異なる領域で動くAIが互いに干渉する問題が生じると指摘しました。そのため、ネットワーク上で実行される構成変更やコマンドを、一貫したルールで管理するポリシー管理レイヤーが必要になります。無線ネットワークの最適化、障害対応、消費電力制御、予知保全、AIエージェントなどが独立して動けば、個々の判断が正しくても、ネットワーク全体では望ましくない結果を生む可能性があります。通信品質をどの水準に保つのか、どの程度まで消費電力を削減してよいのか、どの操作に人間の承認が必要なのかといった目的、優先順位、制約条件をあらかじめ定めなければなりません。AIによる自律運用では、個々のモデルの性能だけでなく、複数の判断をネットワーク全体の目標に沿って調整する仕組みが欠かせません。

中央の統制と現場の開発を両立させる

AIを大規模に展開するためには、中央組織による統制と、現場に近い部門による柔軟な開発を両立させる必要があります。TELUSは、CTOのもとにデータエンジニアリングと自律運用を担う中央チームを設置し、各部門が重複した仕組みを開発しないようにガバナンスを整えています。その一方で、個別のユースケースは業務やネットワークの状態を理解している現場側が開発します。共通のデータ基盤、セキュリティ、権限、開発ルールは中央で管理し、具体的なAI活用は各部門が進める連邦型の運用モデルです。すべてを中央組織へ集約すれば現場の速度が失われ、各部門へ完全に任せればデータ形式や監査方法がばらばらになります。AIを企業全体へ広げるには、統制と柔軟性のどちらかを選ぶのではなく、両者を組み合わせる組織設計が必要です。

目指すのは人間を排除しない「信頼できる自律性」

ネットワークの自律化という言葉から、人間を運用現場から完全に排除する姿を想像する人もいるかもしれません。しかし、パネルが提示したのは、人間を不要にする自律化ではなく、人間とAIの役割を組み替える「信頼できる自律性」です。AIは、膨大なデータの監視、異常の検知、状況の分析、定型的な修正、リアルタイムの最適化などを担います。人間は、事業目標の設定、ポリシーの策定、重大な変更の承認、AIの判断に対する監査など、より上位の役割へ移ります。楽天シンフォニーは、この変化を、AIを単なる道具として捉える考え方から、チームメートとして捉える考え方への転換と表現しました。AIに無制限の権限を与えるのではなく、安全に動ける範囲をガードレールとして定め、その範囲内ではAIが迅速に判断できる状態を作ります。自律化の目的は人間を排除することではなく、人間がネットワークの細かな操作から離れ、戦略、統制、サービス改善へ集中できる環境を整えることです。

私見と考察:競争力を分けるのはAIモデルではなく運用設計

通信事業者のAI活用を考えるうえで最も重要なのは、競争の中心がAIモデルそのものから、そのモデルを動かす運用基盤へ移りつつあることです。高性能な基盤モデルや大規模言語モデルは、クラウドサービスや外部ベンダーを通じて多くの企業が利用できるようになります。モデルを導入したという事実だけでは、持続的な差別化になりにくくなります。一方、それぞれの通信事業者が持つネットワーク構成、障害履歴、トラフィックの変化、顧客体験、保守作業の記録は異なります。こうした固有データを継続的に整備し、AIの判断とネットワーク操作を安全に結び付ける仕組みは、短期間では構築できません。AIの価値を左右するのは、最も高性能なモデルを選んだかどうかではなく、必要なデータを利用可能な状態にできるか、AIの判断を実際の制御へ移せるか、その結果を検証して次の学習へ戻せるかです。データの取得、判断、実行、検証、改善という循環を作った通信事業者ほど、時間とともに運用品質を高められます。

小さな一歩と組織設計は同じ問いの裏表

パネルでは、どのユースケースから着手するのか、複数のAIをどう調整するのか、AIに何を任せて人間は何を担うのかという課題が語られました。これらは別々の課題ではありません。「AIを技術導入としてではなく、運用の一部として設計できるか」という一つの問いの異なる側面だと捉えるほうが実態に近いはずです。ユースケースを絞って着手する狙いは、リスクを抑えることだけにとどまりません。そこで整えるデータ連携や検証の手順を、後から他の領域へ転用できる形にしておけるかどうかが、最初の一歩の質を決めます。ポリシー管理レイヤーが必要になるのも、AIの数が増えたからだけではありません。部門を横断する複数の判断を事業目標に沿って調整する責任が、従来の組織では明確でなかったためだと考えられます。人間の役割が操作から統治へ移る背景には、AIの性能向上だけでなく、ネットワークで求められる判断の量と速度が、人間だけで処理できる範囲を超えつつあることもあります。着手の仕方、調整の仕組み、責任の所在という組織設計そのものが問われている以上、通信事業者間の差は、どのAIを採用したかではなく、AIを組織的にどう位置づけたかによって生まれていくでしょう。

楽天シンフォニーには実運用を統合する力が問われる

楽天シンフォニーにとって、今回の議論はAI製品の機能を紹介するだけのものではありません。重要なのは、クラウドネイティブ、Open RAN、自動化、RIC、RAN向けAIなどを、実際の通信ネットワークでどのように連携させるかという運用設計です。通信事業者が求めているのは単体のAIツールではなく、既存設備を含む複雑な環境でAIを安全に動かし、成果をほかの領域へ拡張できる仕組みです。楽天シンフォニーが競争力を発揮できるかどうかも、AIモデルの性能だけでなく、データ連携、ポリシー管理、クローズドループ自動化、監査、人間による介入を一つの運用体系として提供できるかにかかっています。Open RANやクラウドネイティブ技術は、それ自体が最終目的ではありません。ネットワークをプログラム可能にし、AIが状態を理解して実際の制御へ移れる環境を作るための基盤です。ただし、今回の元記事では、個別の導入先、対象規模、改善率などの具体的な成果までは明らかにされていません。今後は構想の広さだけでなく、商用ネットワークでどの程度の効果を安定して生み出せるかが評価の基準になります。

AI in practice: What it takes to make telecom networks smarter

https://symphony.rakuten.com/blog/ai-in-practice-what-it-takes-to-make-telecom-networks-smarter

AI in practice: What it takes to make telecom networks smarterCheck out the session recap from Network X on the use cases of AI and what it takes to make telecom networks smarterリンク