
映画評「野良犬」(1949年/日本)
1949年/日本/122分 監督:黒澤明 出演:三船敏郎/志村喬/清水元/河村黎吉
うまそうにタバコを吸っているなあ。私もタバコを吸いたくなった。吸えないけど。1949年作だけど、今見ても抜群に面白い。本当に面白い。映像だけでなく、音を聞くだけでも楽しめる。画面全体が熱気を放ってうごめいている。野球をしているシーンが、天国を見ているような気分になった。白いユニフォームを着た天使たちが遊んでいるような、不思議な気分だ。天国のような場所で、息詰まる逮捕劇を演出していく。犯人を追いつめた時のピアノ、女が泣き崩れた後や売人の女が捕まる時に流れる軽快な音楽、平和な場面と緊張する場面が同時進行していく演出が面白かった。風鈴や扇風機などの、涼しさを感じさせる小道具の使い方も面白い。野球場で呼び出された犯人が階段を降りてくるシーンが印象的だった。銃の売人でありながら野球ファンでもあるという、人間臭さがよく出ている。複役軍人の刑事が昔の格好をして町をうろつくシーンが魅力的だ。ぎらぎらした真夏の白昼夢をどこまでも歩いていく。まだ夢が続いているのだろう。主人公が歩いていくうちに、物語の中に、夢の中に入りこむ自分を感じた。最後の逮捕劇でも、銃声が1発聞こえた後、まるでその銃声が幻聴であったかのように女性がピアノを弾き続けていく。あの1発の銃声が、戦争そのものを表しているような気がしてならない。ある者にとっては幻聴に思えるような、すぐに曲の続きを演奏してしまえるような音であるし、ある者にとってはその音のために血を流し、今も流している。犯人と刑事が並んで倒れているシーンで童謡が流れていた。その場面を見て、勝手に平和にさせられてしまったような、心の中が空っぽになるような気分になった。犯人と刑事が退役軍人という、戦争をひきずる物語でもある。文学でいえば、戦後派が繰り返したモチーフをここでも感じる。
何か忘れたものがある・・・・・・何かどこかへ置き忘れたものが・・・・・・『何かだな』彼は暗い頭の片隅でちらと考える。『何かだな・・・・・・追いつめられて、山猫のように・・・・・・何かだな・・・・・・何かだな・・・・・・』(野間宏「崩壊感覚」1948年1月)