映画評「大いなる休暇」(2003年/カナダ)

2003年/カナダ/110分 監督:ジャン=フランソワ・プリオ 製作:ロジェ・フラピエ 脚本:ケン・スコット 撮影:アレン・スミス 出演:レイモン・ブシャール/ディビッド・ブータン/ブノワ・ブリエール/ピエール・コラン

原題はLa grande seduction。2003年のカナダでは最高の観客動員を誇った名作。その大いなる国民性に大いなる拍手を送りたい。1ヶ月の予定で訪れた医者に対し、ずっと住んでもらうために自分の島を魅力的にしてみせようと、島の人々ががんばる映画。冒頭の美しく青いシーンが目に焼きついて離れない。船がすばらしい構図で映されていて、写真としても素晴らしい出来栄えだ。その後の夢のシーンがすばらしい。ここがきちんと描けているので話にふくらみができている。島の大自然、人々の表情、室内の情景。どのシーンも透明感があって美しい。室内も、夜間も、青いライトを当てて、海や空の色と調和を取った繊細な画面構成。派手なカット割りや特異なカメラワークがなくても見入ってしまう。きれいな照明を当てて対象を浮かび上がらせる画面の作り方に非常に感銘を受けた。監督はあの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」や「ホテル・ニューハンプシャー」という大作のカメラアシスタントとして経験を積んでいたようだ。ジャン=フランソワ・プリオ。映像センスにあふれる素晴らしい監督だ。東京の新宿区で会社員としてあくせく働いているのに、この映画を見ている間は、まるでこの島にいるかのように感じる。チェーホフの小説のような観客との同じ視点に立つような一体感がある。こんなに知らなかったことがあったんだ、なんて私の想像力は小さいんだろう、と、謙虚な気持ちになる。「しつこい水虫を見せたのは誰だ」と言われて素直に手を挙げたところに大笑いしてしまった。島から一度も出たことのない親友と酒を飲みながら笑いあうおおらかさに心を癒される。いたるところに素朴な人柄がにじみ出ている。一人でも島民に見えないと失敗しそうだが、みんなが島民に見える。感慨深いほどの島民の演技だ。みんなでクリケットのテレビを見ているシーンはよくできている。アイスホッケーを見ている時の盛り上がりと、クリケットを見ているときの無理矢理感がリアルだ。嘘を演じる人々を演じる、のは役者としては難易度が高い。なかなか見応えがあった。脚本について言うと、工場誘致という明確なゴールを映画の中に持ちこんだことも分かりやすくてよかったが、それ以上に人間の絆がよく描けている。島の人々は、さまざまな作戦を展開する。なかでも電話の盗聴は、明らかに犯罪である。それでもなぜだか許してしまえるようなほのぼのとした雰囲気に包まれてしまう。かなり本気な言い合いのシーンもあり、緊張感もある。さすがに生活がかかっているので、大変だ。なぜか当事者意識をもって見続けてしまう。映画の結末近くになって、医者がつぶやく。「僕の人生って何だったんだ。愛だって?愛って何だ。(中略)僕の生きてきた世界はすべて偽りだったんだ。皆で僕をだましてた」ここの台詞が一番深い。相手の欲求を知るために盗聴をしたが、相手の心を知れば知るほど同情してしまい、嘘がつけなくなる。ここまでくると、友情だ。そもそも自分の気持ちに嘘をつけない、大変素朴な人たちなのだ。産業誘致よりも、大事なプライドを持っているし、相手の立場に立つような優しさも持っている。その後の打ちひしがれて島民が教会から出て行くシーンに感動した。私もなんだか悪いことをしたみたいに反省してしまった。ただ、誰も責める気にもなれない。この決断は正しかったとみんなも納得したはずだ。本質的な部分でみんなが正直者なのである。ここが、たぶん、島の外とは違う人間性だ。このシーンから先に、テーマが浮かび上がってくる。嘘をつくということはどういうことなのだろう。信用されるとはどういうことなのだろう。どこに真実があるのだろうか。誰を信用するべきなのか。自分は信用されているのか。どこで、誰と共に、生活するべきなのだろうか。映画自体が、観客の誰もが持つような疑問に素朴に向き合っている。映画自体も素朴なのだ。真実は苦々しいし、打ち明けるにはつらいこともあるかもしれない。真実を聞いて残念な気持ちになることもあるかもしれない。物語は、綺麗な海を背景に、最後で化学変化を起こす。手にとるように登場人物たちの気持ちを理解することができる。このような脚本作りには感銘を受ける。この映画については、私も信用したい。こういう映画と共に生活していきたいものである。