













秋が深まり、冬が来ようとしていた。都電荒川線の終点で降り、商店街をぶらついていると、ふと視線を感じた。見上げると、古びた建物の高台、ざらついた灰色のコンクリートの縁に、一匹の猫が鎮座していた。灰色がかった銀色の毛を持つ、長毛種の猫だった。毛並みは全体的にふわふわとしていてボリュームがあり、特に胴体から尻尾にかけての毛は長く、豊かな銀灰色の長毛をまとった王者のように見える。建物は晩秋を示すかのように、乾いた黄土色と茶色の枯れ蔦が壁を覆い、静かで物憂げな空気を醸し出していた。左から垂れ下がる無機質な黒いケーブルと、右側の金属柱が都会の冷たさを強調する中、その猫は微動だにしない。緑がかった色をした目はわずかに細められ、下界の喧騒や人間の営みに対して、全てを見透かしたかのような、達観しつつもかすかに不機嫌そうな視線を送っていた。毛皮の温かさとは裏腹に、その表情には静かな孤立と高い警戒心が宿っている。彼はこの古びた一角の静かな支配者として、己の縄張りを厳しく監視しているのだ。孤独な使命感にも似ていた。彼はじっと固く座りこみ、来るべき一瞬の動きに備えながら、己の領域の静謐さを守り続けている。私は立ち止まり、彼を見上げた。冷たい壁の上で、あの銀灰色の毛皮をまとった猫は石像のように動かない。緑色の瞳と私の目が、しばし静止した時間の中で交差する。猫は私が立ち止まり見上げていることに即座に気づいたようだ。彼の目は一瞬、警戒の鋭さを増し、耳がわずかにピクリと動いた。
「・・・やあ」
小さな声だった。ただの挨拶。攻撃的な意図がないことを伝える、静かな音の符牒である。猫はすぐには応えない。ただ、その豊かな顔周りの毛に囲まれた口元が、わずかに引き結ばれたままだ。彼は私を、何ら危険のない、しかし退屈な存在として分類し直しているようであった。私は、彼が座る高台と、その背後の枯れた蔦の壁を見上げる。
「ずいぶん、いい場所にいる。風が冷たいだろうに、その毛皮は暖かそうだ」
一歩も動かず、ただ静かに話しかける。猫は、私の言葉を理解しようとしているかのように、わずかに首を傾げた。彼の視線は、もはや鋭い警戒ではなく、諦観と、ほんの少しの好奇心が混じったものに変わっていた。私には、猫のそばを通り過ぎるケーブルや、荒れたコンクリートの台座が醸し出す孤独な風景に、奇妙な共感が芽生えていた。
「ここからだと、いろいろなものが見えるのだろうな。忙しなく動く人間とか、季節が変わっていく様子とか。君は、この路地の秘密を全部知っているのだろう」
猫はゆっくりと尾の先を一度だけ動かした。それは彼の退屈の深さを示す仕草であり、同時に会話への無言の応答のようにも感じられた。
「君の目は、全てを達観しているように見える。この冷たい都会の片隅で、君はたった一人で世界を観察している。それは、寂しいことなのだろうか?」
我々は言葉を交わす代わりに、沈黙という共通の言語で対話を続けた。私は彼を写真に撮った。やがて、猫は私から目を離し、遠くの屋根の向こうへと視線を移した。もう用はない、去れという、無言の命令であった。
「じゃあ、また。風邪をひかないように」
静かに一礼するように頭を下げ、来た道をゆっくりと歩き始める。私が数歩進んだ、その時、背後で、コンクリートを爪がこするかすかな音がした。高台の猫がゆっくりと豪奢な体を持ち上げていた。彼は先ほどまでの石像のような姿勢から、四肢でしっかりとコンクリートの上に立ち上がり、豊かな尾を空に向かって高く掲げ、左右に優雅に揺らした。長時間の瞑想から覚めた修行僧のようだった。彼は私の方を一瞥すると、すぐに背後の枯れ蔦の壁を背に、右側へとしなやかな体つきで歩みはじめた。足取りは軽く、彼がこの場所の地形を熟知していることを示している。彼は頭を低くし、長い毛皮を揺らしながら視界から消えようとしたが、ちょうど建物の角にさしかかる直前、何かを思い出したかのように、再び私の方へ振り向いた。薄い緑色の瞳を私に固定したまま、低く響く一言を投げかけたのである。
「・・・油断するな」
その声は、猫の鳴き声とは違う、人の心に直接届くような冷たい響きを伴っていた。あたかも、この路地の秘密を知る番人からの最後の忠告、あるいは、孤独な観察者が見た世界の本質を伝えるかのように。彼はその言葉を放つやいなや、即座に顔を戻し、枯れた蔦の陰へと完全に姿を消した。後には、彼の体重から解放されたコンクリート台座の静寂と、私の心に深く突き刺さった言葉の残響だけが、冷たい路地に残っていた。