
楽天モバイルの「Mirai X-Gen」とは【後編】基地局はエッジAI基盤になるのか 可能性と課題
前編では、基地局、DU、vRAN、Open RANの基本を整理し、中編では追加のアクセラレーションカードをCPUへ統合する仕組みや、4倍の処理容量、35%の省電力、屋外型サーバーについて取り上げました。
これらの進化は、基地局を小型で効率的な通信設備にするだけではありません。楽天モバイル、楽天シンフォニー、インテル、デル・テクノロジーズがその先に描いているのが、AI-RANとエッジAIです。
全3回の最終回となる後編では、基地局でAIを使うとは何を意味するのかを整理します。そのうえで、通信設備をAI基盤として活用する構想の可能性と、実用化や事業化に向けて残る課題を考えます。
基地局でAIを使う二つの方向
「基地局でAIを使う」という言葉には、大きく分けて二つの意味があります。
一つは、AIを使って通信ネットワーク自体を賢くすることです。時間帯や場所による混雑を予測し、周波数や計算能力を適切に配分したり、消費電力を抑えたり、故障の兆候を早く見つけたりする使い方です。
もう一つは、基地局に置かれたサーバーで、通信以外のAI処理を動かすことです。工場のカメラ映像、交通状況、店舗の混雑、ロボット制御などのデータを、現場に近い場所で処理する使い方が考えられます。
前者は「AIによってRANを改善する」方向、後者は「RANの計算基盤をAIにも利用する」方向です。同じ将来像の中でまとめて語られることもありますが、目的は異なります。
AIで通信ネットワーク自体を賢くする
モバイルネットワークの利用状況は、時間帯や場所によって大きく変わります。AIが混雑を予測できれば、必要な場所へ周波数や計算能力を重点的に配分できます。利用者が少ない時間帯の省電力制御や、故障の兆候を早く見つける予防保守にも活用できます。
楽天モバイルとインテルは、無線信号を扱うレイヤー1、通信を制御するレイヤー2、ネットワーク全体の運用管理におけるAI活用を共同で検証しています。
Intel Xeon 6 SoCにはAIの計算を支援する機能も備わっています。楽天モバイルは、通信に求められる低遅延と安定性を維持しながら、既存のvRAN基盤へAIを組み込む方針です。
現場の近くで処理するエッジAI
一般的なクラウドサービスでは、端末やカメラから得たデータを離れたデータセンターへ送り、そこで処理した結果を受け取ります。しかし、データの送受信には時間がかかり、映像のように容量の大きいデータはネットワークにも負担をかけます。
そこで、データが発生した場所に近いサーバーで処理するのがエッジAIです。たとえば工場のカメラ映像から異常を検知したり、道路の映像から交通状況を判断したりする処理を、近くの基地局サーバーで実行する構想があります。
現場に近い場所で処理すれば、結果が返るまでの時間を短くできます。すべての映像を遠隔地へ送る必要がなくなれば、通信量や外部へ送るデータも減らせる可能性があります。
Dell PowerEdge XR9700は、Cloud RANだけでなく、ネットワークの構成やサービスの条件に応じて、エッジ処理やAIにも利用できる設計です。全国に分散する基地局へ共通の計算基盤を置ければ、必要な地域へ後から新しいサービスを追加できる可能性があります。
AIを動かせることと通信と共存できることは別
ただし、基地局のサーバーでAIを実行できることと、通信処理とAI処理を常に安全に同時実行できることは別です。
基地局の第一の役割は、利用者へ安定した通信を提供することです。イベントなどで通信量が急増したときにも、AI処理へ計算能力を割いているために通信が遅くなることは許されません。
通信とAIを同じサーバーで動かすには、CPU、メモリー、通信帯域、電力を適切に分け、通信処理を優先する仕組みが必要です。AI側に障害が起きても通信へ影響を広げない設計や、企業のデータを通信ネットワークから分離するセキュリティー対策も欠かせません。
また、すべてのAIをCPUだけで効率よく動かせるわけではありません。AIモデルの種類や規模によっては、GPUや専用のAI半導体、大容量のメモリーが必要になります。将来、AIモデルがさらに大型化すれば、処理性能だけでなく、メモリー、ストレージ、電源容量が制約になる可能性もあります。
AIを動かせても事業になるとは限らない
基地局にAI処理能力を持たせれば、それだけで新しい収益が生まれるわけではありません。
通信事業者がエッジAIを企業向けサービスとして提供するには、低遅延の処理を必要とする顧客を獲得し、稼働率、セキュリティー、データの保管場所などを保証する必要があります。
誰がAIアプリを開発し、誰が日々の運用を担当し、障害が起きたときに誰が責任を負うのかも決めなければなりません。サーバーの使用時間、処理量、設置地域など、どの単位で料金を設定するのかという問題もあります。
エッジAIは、技術的に実行できるだけではサービスになりません。利用する企業にとって、通常のクラウドよりも現場の近くで処理する方が明確に有利となる用途を見つける必要があります。

私見と考察:最大の成果は「4倍」より構成の簡素化
私は、Mirai X-Genの最も重要な成果は、4倍の処理容量や35%の消費電力削減という数字だけではないと考えています。
より大きな意味を持つのは、外付けカード、配線、制御用ソフトウェア、冷却、動作確認といった複雑さを減らしながら、必要な処理能力を高めたことです。
全国に多数の基地局を持つ通信事業者にとって、部品が一つ増える影響は、サーバー1台の問題では終わりません。予備部品の在庫、故障原因の調査、作業員の教育、更新手順、セキュリティー対応など、さまざまな運用工程へ広がります。
部品を減らすことは地味に見えますが、大規模なネットワークでは大きな効果があります。Mirai X-Genは、vRANの評価軸が「実際に動くか」から、「簡単かつ効率的に大量運用できるか」へ移ったことを示しています。
屋外型DUの価値はAIより先に表れる
エッジAIは注目を集めやすい言葉ですが、XR9700が早い段階で生み出す価値は、基地局を設置しやすくすることだと考えられます。
都市部では、土地、電源、空調などが基地局増強の制約になります。小型サーバーを電柱や建物の外壁へ取り付けられれば、新しい地上設備を建設せずに処理能力を追加できる可能性があります。この設置自由度は、エッジAIの顧客を獲得する前から、工事期間の短縮や設置費の削減として効果を発揮します。
一方、IP66や液冷機構を備えていても、長期間の信頼性が自動的に保証されるわけではありません。塩害、振動、落雷、液冷機構の経年劣化、災害後の点検、部品交換のしやすさなどは、実際の屋外運用で確かめる必要があります。
10~40%削減を他社へそのまま当てはめてはいけない
基地局サイト当たりの設備投資を10~40%削減できるという数字は非常に大きいものです。ただし、この数字を他の通信事業者へそのまま当てはめることはできません。
楽天モバイルは当初から基地局機能をソフトウェア化してきたため、新しいCPUやサーバーを取り込みやすい立場にあります。専用装置を大量に保有する他社では、移行費用や既存装置の残存価値も考えなければなりません。周波数、基地局密度、電気料金などによっても効果は変わります。
今後、実際の通信量当たりの消費電力、故障率、保守担当者の現地出動回数、ソフトウェア更新にかかる時間、旧サーバーの再利用率などが示されれば、他社も導入効果を判断しやすくなります。
楽天モバイルの強みは商用ネットワークで試せること
楽天モバイルには、自社の全国ネットワークで技術を試し、得られた知見を楽天シンフォニーの製品や設計へ反映できる強みがあります。
商用環境では、通信量の変化、天候、設備ごとの違い、ソフトウェア更新、突然の障害など、実験室では再現しにくい問題が起こります。楽天モバイルで技術を試し、得られた改善を楽天シンフォニーが外部へ提供できれば、開発と実運用の間に短い改善サイクルを作れます。
ただし、日本で成功した仕組みが、他国でも同じ結果を出すとは限りません。周波数、基地局の密度、気候、電気料金、建設規制、既存メーカーとの契約は国ごとに異なります。楽天シンフォニーの海外展開では、異なる条件でも導入効果を再現できるかが重要になります。
Open RANの実験時代が終わったと断定するのは早い
楽天シンフォニーは、今回の進化をOpen RANの実験段階から大規模運用段階への転換と位置付けています。楽天モバイルの実績を考えれば一定の説得力はありますが、Open RAN全体の実験段階が完全に終わったと断定するには、まだ材料が足りません。
異なるメーカー間の接続、ソフトウェア更新時の責任分担、セキュリティー、障害原因の調査、長期的な保守費用など、Open RAN固有の課題は残っています。今回大きく改善したのは、主にvRANサーバーとDUの処理効率であり、Open RANに関するすべての課題ではありません。
それでも、議論の段階が変わったことは確かです。以前は、サーバーとソフトウェアで作る基地局が専用装置と同じように動くのかが問われていました。現在は、どこへ設置し、どう更新し、役割を終えた機器をどう再利用するかという、具体的な運用の議論へ進んでいます。
基地局は「専用装置」から更新できる計算基盤へ
Mirai X-Gen、Intel Xeon 6 SoC、Dell PowerEdge XR9700が示しているのは、単なるサーバーの世代交代ではありません。
通信に必要な専用処理をCPUへまとめ、屋外へ設置できる大きさに小型化し、ソフトウェアで更新できるようにすることで、基地局を長期にわたって進化させられる計算基盤へ変えようとしています。
今回の発表だけで、vRANが従来型の基地局より常に安く、効率的だと証明されたわけではありません。エッジAIが収益事業として成立した段階でもありません。
私自身は、基地局が直ちに「収益を生むAIデータセンター」へ変わるという見方には慎重です。ただし、全国に分散した基地局へ共通の計算基盤を置き、ソフトウェアで用途を追加できるようにしておくことには、大きな戦略的価値があります。需要が生まれた場所へ、後からサービスを展開できる選択肢を確保できるからです。
今後注目したいのは、派手な最大性能だけではありません。全国展開後の実消費電力、故障率、現地作業の回数、ソフトウェア更新にかかる時間、旧サーバーの再利用率、そして実際に基地局で動くAIサービスです。
そうした実績が示され、異なる通信事業者でも効果を再現できれば、vRANは「柔軟だが複雑な技術」から、「運用と投資の両面で合理的な基地局基盤」へ本格的に進化することになります。
動画の説明:楽天、Dell、Intelのリーダー陣が、5Gを超え世代に依存しない新たなクラスの分散ユニット(DU)のローンチについて語ります。楽天モバイル向けに開発された「Dell PowerEdge XR9700 DU」は、3社が培った知見を結集し、現代のRANアーキテクチャを再定義します。この新たなDUを大規模展開することで、過酷なエッジ環境にクラウドRANとAIをもたらし、大幅な省エネルギーに加えて以下のメリットを提供します。
よりスマートなアーキテクチャ – 最高クラスのハードウェアを楽天モバイルのOpen RANエコシステムへシームレスに統合
設計レベルでの高い拡張性 – 複雑さを伴わずに迅速な拡張を可能にするクラウドネイティブな柔軟性
サステナビリティの追求 – 拠点(サイト)あたりの電力効率を劇的に向上
妥協のないパフォーマンス – 大容量化、低遅延化、そして将来の技術革新に対応する機能
From Complexity to Capacity: How Rakuten Mobile is Redefining the 5G vRAN Lifecycle