映画評「ある日、突然。」(2002年/アルゼンチン)

2002年/アルゼンチン/93分 監督:ディエゴ・レルマン 撮影:ルシアノ・シト/ディエゴ・デル・ピアノ 脚本:ディエゴ・レルマン/マリア・メイラ 出演:タチアナ・サフィル/カルラ・クレスポ/ベロニカ・ハサン/ベアトリス・ティボーディン

このころはアルゼンチン経済崩壊真っ只中。ランジェリーショップも暇そうだ。全体的に停滞感が漂う。白黒のロードムービー。ただそれだけでジャームッシュと比較するのもちょっと違う気がする。まだ監督が若いせいなのか、演技が追いつかないのか、落ち着きがなくカットがポンポン切り替わる。ダラダラしないでテンポがいい。逆にジャームッシュ的な想像に任せるような開放感が少ない。それに、この映画にはストーリーがある。日本における70~80年代あたりの少女漫画のようなロマンティシズムに近い気がする。マオ役のカルラ・クレスポが少女漫画に出てくるような現実離れした美形なので、同性愛者としては適役に思える。ほとんど笑わない、挑発的な演技が印象に残る。彼女を眺めているだけで楽しめる。色が付いてないぶんだけ彼女の外見の想像ができて楽しい。いろいろな彼女の画像や映像を見たが、この髪型、そしてピアスが、一番魅力的に見える。「愛の妨げは“行為”だけ。説明のつかない愛は行為で証明するしかない。行こう」と旅立つ。誤訳なのかどうなのか、言ってる意味が全くつかめないし、不自然すぎるセリフだが、少女漫画的になにかの前触れのようなワクワク感がある。白黒だと情報が少ないので、アルゼンチンというよりも、どこにもないような、どこかにあるような、別世界の雰囲気。そのイメージの世界を演出する撮影方法が巧みだ。タバコの煙、自動車の排気ガス、窓ガラスの水滴、波しぶきの激しい海。白黒映画で映える場面が印象的に撮れている。海へと向かうBGMも独特の魅力がある。おばあさんの踊るシーンもなかなかいい。個性的な音楽の使い方だった。素人監督が撮る場合、だいたいは、男女の2人になるような気がする。この映画では女性3人。洗練されている作りだ。言葉の遊戯や泣きごとや甘やかされた愚痴が存在しない。海にたどりついても、ガス欠になったりヒッチハイクしたり親戚を訪ねたり、現実的な逃避行だ。作品として完成度が高い。男性的なストイックさも感じる。マオとレーニンは生活費や家庭の束縛がなく、常識から外れて自由だ。唯一、主人公だけが、定職に戻らねばならない枷を持つ。まだ見ぬ世界への憧れやざわめき。無限の可能性を感じる。ヌーベルバーグ的な冒険意識。ディエゴ・レルマン監督自身もロケ撮影でなにかを探しているかのようだ。海にあったのか、道にあったのか、田舎の家にあったのか。「到達点」、「成果」、「集大成」というような物はこの映画には提示されない。主人公はこの旅を通してなにを得ただろうか。初めて海に行けた。友達ができた。仕事をサボって自分に向きあえた。禁断の愛まで経験してしまった。今後、主人公はどうなってしまうのか。マオとの仲はどうなってしまうのか。最後は幸せになれるのか。世界に生きる全ての人々は生きているだけですでになにかしらの物語を持っている。彼女もまだ物語の途中である。ステキな物語になるような気がする。禁断の愛はともかく、私もどこかに行くべきではなかろうか。マオはなにを証明しようとしたのか。そしてそれは証明されたのか。映画の最後でも証明されきってない気がする。この映画では証明するための行為をはじめた瞬間を描いている。証明されつづけなければならないのかもしれない。私にも、マオになにかを投げかけられたような気がする。