
Open RANの現在地と未来:楽天モバイルの成果
2026年3月、通信業界で長年にわたり議論されてきたOpen RAN(オープン無線アクセスネットワーク)の実力について、業界アナリストによる詳細な分析レポートが公開されました。楽天モバイルという「生きた実験場」を徹底的に解剖したこのホワイトペーパーは、Open RANの現在地と未来を改めて問い直す内容となっています。
Open RANが掲げた「約束」とは
そもそもOpen RANとは何でしょうか。従来の無線アクセスネットワークは、特定ベンダーのハードウェアとソフトウェアが密結合した「クローズドな」構成が一般的でした。それに対してOpen RANは、ネットワークをソフトウェアベースのアーキテクチャへと転換することで、次のような恩恵をMNO(移動体通信事業者)にもたらすと期待されてきました。
コスト削減:
設備投資(CapEx)・運用費(OpEx)の大幅な圧縮
サービスの俊敏性:
新サービスや機能を迅速に展開できる柔軟性
展開の自由度:
特定ベンダーへの依存から脱却したマルチベンダー環境の実現
自動化・オーケストレーション:
運用業務の効率化と人的ミスの低減
これらはいずれも魅力的な価値提案です。しかし、約束はあくまでも約束。実際のネットワーク展開において、本当にこれらが実現されたのかどうかは、長らく慎重な検証を必要とするテーマでした。
楽天モバイルという世界最先端の実験場
このホワイトペーパーでは、業界アナリストのStéphane Téral氏が、Open RANの最先端ユーザーとして広く認識されている楽天モバイルのリアルな経験を深く掘り下げています。注目すべきは、このホワイトペーパーの公開と同時期に、楽天モバイルがサービス開始からわずか5年余りで「新たな収益フェーズへの到達」を発表したことです。売上高は9.6%増を記録し、その伸びは契約者数の増加にとどまらず、ARPU(1ユーザーあたりの平均収益)の向上によっても支えられていました。この収益構造の背景には、楽天グループが誇る70社以上のEコマース・フィンテック・消費者向けサービスという「エコシステム」の存在があります。楽天モバイルの契約者は、モバイル契約の枠を超えた付帯サービスを利用することで、グループ全体への貢献度が高まります。2025年時点で、楽天モバイルの平均的な契約者は2.43件の楽天サービスを併用しているとされており、このクロスセル効果がARPUを押し上げる原動力となっています。
CapExは40%減、OpExは30%減。数字が示すコスト優位性
では、Open RANは本当にコスト削減の約束を果たしたのでしょうか。Téral氏の分析は明確な答えを提示しています。楽天モバイルのネットワーク構築にかかる設備投資コストは、従来型のRANと比較して40%低い水準にとどまりました。さらに、継続的な運用コスト(OpEx)についても30%の削減を達成しています。ホワイトペーパーでは、こうしたコスト優位性がどこから生まれるのかを丁寧に分解して説明しています。その核心にあるのが、自動化とオーケストレーションの最大活用です。楽天モバイルはネットワーク展開の各フェーズ(Day 0(初期展開)、Day 1(稼働開始後の設定)、Day 2(継続的な運用管理))にわたって徹底的な自動化を推進しました。その結果として生まれたのが、1日200サイトという驚異的な展開速度です。ネットワーク完成時には、楽天シンフォニーが提供するOSS自動化ソフトウェアを活用したゼロタッチプロビジョニング・ゼロタッチ管理体制が確立されていました。
7社のベンダーと35万基以上の基地局。自動化された相互接続テストが鍵
Open RAN環境において避けて通れない課題のひとつが、複数ベンダーの機器を組み合わせた際の相互接続性(インターオペラビリティ)の確保です。楽天シンフォニーは、ORAN準拠の無線機器に対する自動化された相互接続テストのプロセスを独自に開発しました。このプロセスにより、多様なオープン無線ベンダーのエコシステムを迅速に検証・認定することが可能になっています。楽天モバイルのネットワークでは、7社のベンダーから提供されたマクロセルおよびスモールセルを合わせて35万基以上展開されています。これだけの規模と多様性を実現できたのも、自動化されたインターオップテストによる迅速なベンダー認定プロセスが機能したからこそです。
2025年は「トリガーイヤー」大手MNOが本格参入
ホワイトペーパーの後半では、Open RANの成長軌跡と今後の展望が論じられています。Téral氏は、2025年を「トリガーイヤー」と位置づけています。Tier 1クラスの大手MNOが本格的なOpen RAN展開に踏み切った年として記憶されるべき転換点だというのです。実際に、AT&T、1&1、Deutsche Telekom、Grameenphone、STL Mobitel、MobiFone、Zain Kuwaitといった有力プレイヤーが、相次いで重要なOpen RANコミットメントを表明しています。なぜ今、これほどの勢いで採用が進んでいるのでしょうか。その答えはシンプルです。Open RANが「スケールする」ことが証明されたからです。楽天モバイルをはじめとするアーリーアダプターのネットワークにおいて、技術的な約束が劇的なかたちで実証されました。その事実が、業界のトップランナーたちを動かす説得力となっています。
通信業界の「次のステージ」が始まる
楽天モバイルの事例が示すのは、Open RANが単なる「コスト削減の手段」にとどまらないということです。自動化による展開速度の向上、マルチベンダー環境による選択の自由、そしてエコシステムと連携した収益構造の進化。これらが組み合わさったとき、通信事業者のビジネスモデルそのものが変容し得ることを、楽天モバイルは世界に向けて証明しました。5年間で黒字化を達成し、1日200サイトという記録的なペースでネットワークを展開し、35万基以上の基地局を7社のベンダーと構築する。これらの数字は、Open RANの可能性を雄弁に語っています。「約束は果たされたのか」という問いに対して、このホワイトペーパーはひとつの明確な答えを提示しています。Open RANは約束を果たしました。そして今、業界全体がその果実を手にしようとしています。
ホワイトペーパー要約
Open RANは経済的に実証された。楽天モバイルの軌跡
著者:Stéphane Téral(TÉRAL RESEARCH) 楽天モバイル・楽天シンフォニーとの共同制作
概要
本ホワイトペーパーは、業界アナリストのStéphane Téral氏が楽天モバイルの実績をもとにOpen RANの経済的実行可能性と技術的優位性を検証したものです。結論として、「Open RANに懐疑的な見方は完全に間違いである」と断言しており、コスト・性能・スケーラビリティのいずれにおいても従来型RANに対する優位性が実証されたとしています。
楽天モバイルの実績
楽天モバイルは2020年4月に日本の第4のMNO(移動体通信事業者)として参入し、当時まだ成熟していなかったOpen RANアーキテクチャでゼロからネットワークを構築するという大胆な決断を下しました。それから約6年後の2025年に、同社は10年越しの目標であった契約者数1,000万人の突破と通期EBITDAの黒字化を同時に達成しました。財務面では、2025年度のモバイルセグメント総収益が前年比9.6%増の4,828億円に達しました。楽天モバイル単体の収益は32%増の3,747億円で、契約者数は前年比171万件増の1,001万件となっています。また、楽天シンフォニーも設立以来初めて通期の非GAAPベース営業黒字を達成し、1年間で30社の新規顧客を獲得しました。さらに注目すべき点は、楽天モバイルの契約者がグループの70以上のサービスへの入口となっていることです。モバイル契約者は非契約者と比較して平均2.43倍多くの楽天サービスを利用しており、ARPUの向上とグループ全体の収益拡大に貢献しています。
Open RANのコスト優位性
楽天モバイルが構築したOpen vRANは、従来型RANと比較して設備投資(CapEx)が40%低い水準となっています。この削減の主な源泉は、オープンなラジオユニット(RU)の採用と、市販のCOTS(汎用)ハードウェア上で動作する仮想化ベースバンドユニット(vCU・vDU)の活用です。運用コスト(OpEx)についても、従来型と比べて30%の削減を実現しています。サイト数の最適化、設備の簡素化、そして徹底した自動化によるフィールドメンテナンスコストの大幅な圧縮がその背景にあります。
自動化とゼロタッチプロビジョニング
楽天モバイルは1日あたり200サイトという記録的なペースでネットワーク展開を実現するため、独自のオーケストレーターとクラウドインフラを内製開発しました。このゼロタッチプロビジョニング(ZTP)の仕組みは、ネットワーク要素の展開・設定・ライフサイクル管理を自動化するオーケストレーション機能、AIを活用したサイト管理、AI/MLによるキャパシティ予測や異常検知、そして全ドメインからのデータを統合するオブザーバビリティ機能で構成されています。このZTPフレームワークは楽天モバイルの日本国内ネットワークで検証・成熟させた後、楽天シンフォニーを通じて世界各国の通信事業者へ提供されています。
自動化された相互接続テスト
複数ベンダーの機器が混在するOpen RAN環境において、相互接続性(インターオペラビリティ)の確保は不可欠な課題です。楽天モバイルは独自の自動化インターオペラビリティテスト(IOT)ソフトウェアを開発し、新規ベンダーの検証を4週間以内で完了できる体制を整えました。この仕組みにより、7社以上のベンダーから調達したマクロセル・スモールセル合計34万基以上をネットワーク全体に展開することが可能となりました。
エネルギー効率の自律化
楽天モバイルのネットワーク全体がエンドツーエンドのクラウドプラットフォームとして実装されており、ソフトウェアアップデートは1日に複数回の反復が可能です。AIモデルの活用によりシステムレベルのエネルギー管理ポリシーを自動制御する「自律エネルギー効率化ソリューション」はTM Forumからレベル4自律性の認定を受け、ライブOpen RAN環境では世界初の達成となりました。
グローバル展開と新規ユースケース
ホワイトペーパーは2025年を「トリガーイヤー」と位置づけています。楽天モバイルというアーリーアダプターからAT&T、Deutsche Telekom、Vodafoneといったティア1クラスの大手通信事業者へとOpen RAN採用の主役が移行した年だからです。カナダのBell・Telus、アジア各国のMNOも相次いで展開を進めています。楽天シンフォニーは2025年に30社の新規顧客を獲得し、累計74社に達しました。新規顧客にはクウェートのZain(クラウドネイティブ5G SA Open RANパイロット)、ベトナムのMobiFone、バングラデシュのGrameenphone、スリランカのSLT-MOBITELなどが含まれています。ドイツでは、1&1がRakuten Symphonyと協力してOpen RANを中心にゼロから独立したMNOを構築し、MVNOの1,200万契約者を同プラットフォームへ移行させました。また、ヨーロッパ最大規模のサッカースタジアムであるドルトムントのジグナル・イドゥナ・パルク(収容8万2,000人)の既存DASをOpen RANにアップグレードし、単一事業者あたり51〜76%の消費電力削減と設置スペースの大幅な圧縮を実現しています。
非地上系ネットワーク(NTN)と衛星通信
Open RANの柔軟な分解型アーキテクチャは、衛星通信との統合においても従来型RANにはない優位性を発揮します。楽天モバイルはAST SpaceMobileの早期投資家として、同社のLEO衛星を活用した日本国内のカバレッジ拡充を計画しており、スマートフォン直接通信サービスの日本でのサービス開始を2026年第4四半期に予定しています。
結論
本ホワイトペーパーが示す最も重要な事実は、Open RANが「過剰な期待が生んだコンセプト」ではなく、実際の商用ネットワークで厳しい検証に耐えた技術であるということです。楽天モバイルの5年間の歩みは、従来型RANと同等以上のパフォーマンスをより低コストで実現できることを証明しました。アナリストのTéral氏は「Open RANの普及は否定しようのない、避けられない、そして止められない潮流である」と結論づけています。

私見と考察:Open RANをめぐる熱狂と冷静の間で、本当に問うべきことは何か
誰も賭けなかった馬が、先頭でゴールした
2020年、楽天モバイルが「Open RANでゼロからネットワークを作る」と宣言したとき、業界の反応は冷ややかなものでした。技術は未成熟、ベンダーエコシステムは薄く、競合はNTTドコモ・KDDI・ソフトバンクという盤石の三強。どう見ても勝ち目の薄い賭けでした。それから5年。楽天モバイルは契約者1,000万人を突破し、通期EBITDAの黒字化を達成しました。この結果を「想定内」と言える人は、当時ほとんどいなかったはずです。冷笑していた側が今、急いで追いかけているという構図は、テクノロジー史上よく見られるパターンですが、それが繰り返されるたびに教訓として刻まれます。「異端は、正しいことがある」という事実です。
本当のコスト優位性はどこにあるか
CapEx 40%減、OpEx 30%減。この数字は一見シンプルですが、その中身を読み違えると判断を誤ります。削減の源泉は単に「安いハードウェアを使った」ことではなく、「ネットワークをソフトウェアとして扱うことで、人間の手が必要な工程を根本から減らした」ことにあります。逆に言えば、この恩恵を享受するには相当の技術的・組織的な変革が前提となります。楽天モバイルは自前のオーケストレーターを開発し、ゼロタッチで展開できる仕組みを数年かけて磨き上げました。「Open RANを導入すれば自動的にコストが下がる」という理解は危険です。コスト削減は結果であって、入口ではありません。この区別を持てるかどうかが、賢い投資家と浮かれた投資家を分けます。
スマホは「商品」ではなく「会員証」だった
楽天モバイルの黒字化をめぐる議論で、最も見逃されがちな論点があります。それは、同社が「通信で儲けた」わけではないという点です。モバイル契約者は非契約者と比べて平均2.43倍多くの楽天サービスを使います。ECで買い物し、楽天カードで決済し、楽天証券で資産運用する。スマートフォンの月額料金の裏側で、はるかに大きなマネーが動いています。これはAmazon Primeが「映画見放題サービス」ではなく「購買頻度を高める装置」であるのと同じ発想です。楽天にとってモバイル事業の本当の収益は、通信料金明細の外にあります。つまり、このホワイトペーパーが示している「Open RANの成功」は、実は「プラットフォームビジネスの成功」でもあります。Open RANはあくまでその実現を可能にしたコスト構造の話であり、ビジネスモデルの勝利とは切り分けて理解すべきです。
「追いかける側」のジレンマ。既存プレイヤーの本当の悩み
AT&TやDeutsche Telekomがopen RANに舵を切り始めたことは、この技術の正当性を補強する出来事です。しかし彼らが置かれた状況は、楽天モバイルとは根本的に異なります。既存の膨大な基地局インフラ、長年のベンダーとの契約関係、組織の慣性。これらをすべて抱えたまま「新しい作り方」に移行する困難さは、ゼロから始めた楽天の比ではありません。これは「Open RANが機能しない」という話ではありません。「移行のコストと時間をどう評価するか」という問いです。投資家が注視すべきなのは、大手オペレーターがOpen RANを「採用する意思」を示しているかどうかではなく、「どのペースで、どの規模で移行しているか」という実態です。コミットメントの発表と実際の展開スピードの間には、しばしば大きな乖離があります。
真の主戦場は、まだ誰も注目していない場所に
このホワイトペーパーが描く未来の中で、最も地味に、しかし最も確実に大きいと思われるのが、ニュートラルホスト市場です。スタジアム、病院、工場、地下鉄。こうした「公共的な大型施設」の通信インフラは、これまで大手キャリアが断片的に整備してきました。しかしOpen RANは消費電力を最大76%削減し、設置スペースを劇的に圧縮できます。老朽化したDASの更新需要は世界規模で存在します。しかも、ここは競合が少なく、意思決定者が明確で、ROIが計算しやすい市場です。派手さはありませんが、こういった「インフラの裏側」に長期的な価値が眠っていることは、歴史が何度も証明してきました。注目が集まる前にポジションを理解しておく価値は十分にあるでしょう。
※ DAS(Distributed Antenna System=分散アンテナシステム)とは、スタジアムや地下鉄など大型施設の内部に小型アンテナを多数分散配置することで、均一な電波環境を実現する仕組みです。
楽天モバイルの成功についての多面的な視点
最後に、あえて冷静な視点も添えておきます。このホワイトペーパーは楽天シンフォニー協力のもとで作られており、楽天モバイルの成功を最大限に肯定する文脈で書かれています。それ自体は問題ではありませんが、読む側がその前提を意識せずに「Open RAN全体の保証書」として受け取るとすれば、リスクがあります。楽天の成功には、強力なグループエコシステム、日本政府の全面支援、グリーンフィールドという恵まれた条件が揃っていました。これらすべてを再現できるプレイヤーは多くありません。Open RANという技術の可能性と、楽天という特定企業のビジネスモデルの優位性は、別々に評価する習慣を持っておくことが、長く正しい判断を下し続けるための基本だと考えます。
Analyst white paper tackles truth behind Open RAN success
https://symphony.rakuten.com/blog/analyst-white-paper-tackles-truth-behind-open-ran-success
