
インテリジェント・グロース:通信ネットワークをソフトウェアとして拡張
通信業界は、もはやインフラを構築し続けるだけでは持続可能なスケールを実現できません。ネットワークを「ソフトウェア」として管理することによってのみ、未来への道は拓かれます。
インフラ型思考がスケール時に破綻する理由
伝統的な通信業界の成長モデルは、常に一定のパターンに従ってきました。需要が増えれば容量を足し、新しい周波数帯を導入し、サイトを増設し、ハードウェアを設置。そして、増大する複雑さを管理するために人員を増員。規模に応じて直線的にコストが増大するモデルは、かつては機能しました。しかし、ネットワークが巨大化し、機敏性が必須要件となり、市場浸透率が100%を超えた現代においては完全に破綻しています。現在、通信事業者は数十万の稼働セルセクター、数千のデータセンターを抱え、リアルタイムなサービスへの期待に応えなければなりません。それにもかかわらず、多くの事業者は依然として1990年代に設計された計画サイクル、組織構造、運用プロセスに依存しています。その弊害はあらゆるところに現れています。
・ソフトウェアのアップグレードに9〜12ヶ月を要する。
・ネットワークの変更には、複数のベンダーやチーム間での膨大な調整が必要。
・自動化は限定的で、システム全体に及んでいない。
このようなやり方でインフラを拡張し続けることは「知的な成長」ではありません。売上と存在感の両面における管理された衰退を招くだけです。
ソフトウェアとしての拡張が変える経済学
モダンなソフトウェア企業のスケール手法はプラットフォーム、自動化、抽象化に先行投資することで、成長とコストを完全に切り離します。私たちはこれを「ハイパースケール・エコノミクス」と呼んでいます。指数関数的な成長と、指数関数的な節約を同時に実現する。一度ソフトウェアプラットフォームが構築されれば、ユーザーや機能、容量を追加しても、それに比例して人員やコストを増やす必要はありません。ソフトウェアが複雑さを吸収するため、組織がその重荷を背負わずに済むからです。これを実現するには、通信ネットワークを端から端まで「ソフトウェアシステム」として扱うための、3つの転換が必要です。
・重心の移動:ハードウェアは依然として重要ですが、それは主役ではなく、単なるコンポーネントになります。
・運用の完全デジタル化:計画、構築、運用が人間の調整ではなく、ソフトウェアのワークフローによって実行されます。
・プログラマブルな設計:世代ごとの大規模アップグレードではなく、継続的に進化し続けるプラットフォームとしてネットワークを設計します。
楽天モバイルが証明した驚異の実数値
「ソフトウェア中心のスケール」が何を可能にするのか。楽天モバイルはその具体的な証明です。2024年末時点で、楽天モバイルのネットワークは日本の人口の99%以上をカバーし9万4,000局以上の4G・5G基地局を運用しています。特筆すべきは、この巨大な国家規模のネットワークが、わずか250名程度の人員で運営されているという事実です。この人数は、ネットワークが拡大し続けている現在も意図的にキャップ(制限)されています。規模の拡大は人員の補充ではなく、自動化によって吸収されているからです。
・ゼロタッチ・プロセス:サイトの計画、建設、試運転、プロビジョニングが自動で行われます。
・自動割り当て:ノード名の付与、IPアドレスの割り当て、物理・デジタル資産のリアルタイム追跡がすべてシステム化されています。
これには数年にわたる高度なエンジニアリングが必要でしたが、一度この基盤が整えば、成長は鈍化するどころか加速していくのです。
無線機よりも運用プラットフォームが重要な理由
業界の議論で最も多い誤解は、Open RANやクラウドを導入すること自体をゴールと捉えてしまうことです。これらはあくまで実現手段です。これらが重要なのは、ネットワークをソフトウェアのように振る舞わせるための道具だからです。統合された運用プラットフォームがなければ、要素をバラバラにする(ディスアグリゲーション)ことは単に複雑さを移動させているだけに過ぎません。適切なプラットフォームがあって初めて、その自由度がスピードとコントロールの源泉になります。
・顧客体験へのフォーカス:監視すべきはハードウェアのアラームではなく、顧客への影響です。ネットワークの挙動をリアルタイムの体験データと相関させることで、真の意味での最適化が可能になります。
・継続的改善:運用のすべての活動がデジタル化されていれば、自動化プロセスそのものを絶えず洗練し、再利用し、拡張できます。
ソフトウェアデリバリー:数ヶ月から数日へ
インフラ思考の最たる兆候は、ソフトウェアのデリバリー速度です。多くのネットワークでは、ソフトウェアの導入に1年近くかかります。ラボでのテスト、統合、受入試験、ロールアウト。これらはすべて手動で連続的に、リスクを極端に恐れて行われます。しかし、現代のデジタルサービスのペースにおいて、この遅さは致命的です。ソフトウェア化されたネットワークでは、アプリケーションは制御されたマーケットプレイスを通じて配布され、自動化されたパイプラインでデプロイされます。ソフトウェアの反復サイクルを数ヶ月から数日に短縮すること。これは単なる利便性の追求ではありません。時間の短縮は、コスト削減、信頼性の向上、そして新サービス創出能力に直結します。
組織の変革こそが最大の難所
技術的な変化が制限要因になることは稀です。真の壁は組織とスキルにあります。
変革には3つの対話が必要です。技術の対話(最も容易)、商用の対話(より困難)、組織の対話(最も困難)。多くの通信組織は変化を阻害するように構造化されているかもしれません。垂直統合された予算、改善よりも安定を優先するインセンティブ。スキルは調達とベンダー管理に最適化され、システム設計やソフトウェアの所有には向いていません。ソフトウェアとしてスケールするには、異なるマインドセットが必要です。それは、プロセスよりもプラットフォームを信頼し、大規模な運用においては人間による調整よりも自動化が優れているという事実を受け入れることです。
AIは成果ではなく実現手段
AIについても触れておく必要があります。AIは過去20年で最も重要な技術ですが、それはビジネスの「成果」ではなく、あくまで「手段」です。かつてのWeb 2.0革命は私たちの生活を変え、新たなリーダー企業を生み出しましたが、通信業界のビジネス基盤を変える助けにはなりませんでした。AIにおいて同じ過ちを繰り返してはなりません。AIを真に活用するためには、その前提としてネットワークがソフトウェアとして制御可能でなければならないのです。
インテリジェント・グロースは新収益への前提条件
楽天シンフォニーは、楽天モバイルが実戦で磨き上げたプラットフォーム、ブループリント、運用モデルを提供しています。その目的は楽天モバイルを複製することではなく、各オペレーターが自らの運用モデルの所有権を保持し、差別化を可能にすることにあります。AI時代において通信がいかにして接続性を超え新たな収益へと移行するか。その議論は「インテリジェント・グロース」という土台があって初めて意味をなすものです。ネットワークをインフラとしてではなく、ソフトウェアとして拡張する。それによって初めて、通信業界は再びデジタルプラットフォームとしての存在感を取り戻すことができるのです。

私見と考察:通信業界の産業革命
ジェフ・ホリングワース氏が説く「インテリジェント・グロース」は、単なるコスト削減の枠組みを超え、通信事業というビジネスの本質を再定義する思想です。楽天モバイルが示した驚異的な数値と、そこから導き出される通信業界の未来について、以下の3つの観点から考察を深めます。
調整という「見えないコスト」からの脱却
楽天モバイルがわずか250名で巨大なネットワークを運用できているという事実は、伝統的な通信事業者が抱える組織的な摩擦の重さを浮き彫りにしています。従来のキャリアにおいて数千人規模の組織が必要とされる根本的な理由は、技術力の不足ではなく、ベンダーごとに分断されたシステムを繋ぎ合わせるための調整という業務に膨大な人的資源が割かれているためです。ソフトウェアによるスケーリングの本質は、この顧客価値を生まない中間コストを排除し、組織をベンダー管理の集団からシステム設計の集団へと純化させることにあります。これは、既存の巨大キャリアにとって、単なる技術導入以上に、数千人規模の配置転換を伴う痛みを伴う組織改革を迫るものです。
ベンダー支配からの解放と主権の奪還
ホリングワース氏がOpen RANを単なる技術規格ではなく、コントロール権を取り戻すための手段と位置づけている点は非常に示唆に富んでいます。長年、通信業界は垂直統合された特定ベンダーのブラックボックスを導入することで、自社の将来設計さえも外部に依存せざるを得ない状況にありました。ネットワークをソフトウェア化し、コンポーネントを分解(ディスアグリゲーション)することは、キャリアをベンダーの制約から解放し、自らがアーキテクト(設計者)としての地位を奪還することを意味します。これにより、ソフトウェア企業のようなスピード感でサービスを展開することが可能になり、通信事業者はようやく、上位レイヤーのIT企業と同じ土俵で戦うための武器を手に入れることになります。
AIネイティブな自律型ネットワークの地平
AIを成果ではなく実現手段と捉える視点は、通信業界がAIブームの罠に陥らないための重要な鍵です。どれほど高度なAIを導入しても、それを実行するネットワーク基盤がハードウェア中心の硬直的なものであれば、AIの指示を即座に反映させることは不可能です。真の勝敗を分けるのは、AIが直接ネットワークの構成を書き換え、自己修復や自己最適化をリアルタイムで行えるプログラマブルな土壌が整っているかどうかです。楽天シンフォニーが提唱するモデルは、まさにこのAIが自在に自律走行するためのデジタルな線路を世界中に敷設しようとする試みであり、これが実現したとき、通信ネットワークはもはや単なる土管ではなく、生き物のように変化し続ける生命体的なインフラへと進化を遂げるでしょう。
Intelligent Growth: Scaling networks as software, not infrastructure
https://symphony.rakuten.com/blog/intelligent-growth-scaling-networks-as-software-not-infrastructure
