
AIが便利になるほど、人は幸せになるのか?楽天の対話プログラムが問いかける未来
最近、AIに仕事を任せる場面が増えています。文章を書く、調べ物をする、企画を考える。便利になる一方で、「では人間は何を大切にすればいいのか」と感じたことはないでしょうか。そんな問いに、楽天グループが正面から向き合っています。楽天グループは、サステナビリティ推進チームが主導する対話プログラム「Dialogue for Change with Rakuten」において、今年のテーマとして「AIの時代における豊かさと幸福とは何か」を設定しました。
このプログラムは2022年にスタートしました。複雑化する社会課題を前に、対立的な議論ではなく、多様なステークホルダーが率直に語り合う場を作ることで、課題解決の糸口を見つけようという発想から生まれたものです。楽天サステナビリティ推進部のナガノさんは、「社会的なインパクトのある変化は、対話から始まるという考えのもと立ち上げた」と振り返ります。また、「効果的な対話は自然に生まれるものではなく、適切なスキルや構造、マインドセットが必要」だとも語っており、プログラムとしての設計に力を入れていることがわかります。
今年の取り組みでは、2026年入社予定の内定者が楽天の社員とチームを組み、AIが日常に深く入り込んだ時代における「幸福」や「ウェルビーイング」を探求しました。AIをテーマに選んだ理由として、ナガノさんは3点を挙げています。AIが楽天内外を問わず中心的な存在になっていること、若い世代であるZ世代の視点が会社の未来に欠かせないこと、そしてAIというテーマが単純には語れない難しさを持っていること。この3つです。効率化への期待がある一方で、精度への懸念や著作権の問題、雇用への不安といった複雑な感情が共存しているからこそ、あえて取り上げる意義があると考えたといいます。
参加した内定者のユナさんは、「AIをポジティブ・ネガティブのどちらか一方で捉えがちだったが、両面から理解することが未来の豊かな生き方を考えるうえで不可欠だと気づいた」と話します。また、プログラムの場づくりにも触れ、「心理的安全性が確保された空間で話せたことが大きかった」と述べています。別の参加者であるタクミさんは、「対話を通じてAIは個人の利益だけでなく、社会全体の幸福にもつながりうるものだとわかった」と語り、コミュニケーション能力こそがAI時代にますます重要になると感じたといいます。
興味深いのは、その対話の手法です。「AI時代の幸福」という壮大な問いをそのまま投げ出すのではなく、問いを細かく分解し、一つひとつの要素を深掘りしていく「構造化された対話」を実践しています。これは、複雑な課題に対して結論を急ぐのではなく、あえてプロセスを共有することで、参加者全員が納得感を持って本質に近づくための工夫です。参加者のリョウタさんは、「対話を経て、幸福の本質は人とのつながりや関係を大切にすることであり、それはAIの時代でも変わらないと感じた」と述べています。楽天採用・人材開発部のオカダさんも、対話全体を通じて「人とのつながり」を重視する声が多く上がったと言及しており、AIによる効率化が進むからこそ、人間同士のやり取りから生まれる創造性や発想の価値が高まるという見方が参加者の間で広がったと説明しています。
プログラムの目指す先について、ナガノさんは「個人レベルでは、他者の可能性を引き出し、多角的な視点で考え、新たなアイデアを生み出せる『チェンジメーカー』を育てたい」と語ります。そうした人材が増えることで、地域社会全体が柔軟で協働的な課題解決に向かえるようになるというのが、このプログラムの長期的な展望です。
AIの未来を予測することは容易ではありません。しかしこのプログラムが示しているのは、結論から入るのではなく、まず対話することが、最も重要な第一歩になりうるということではないでしょうか。

私見と考察:対話することが、AIの時代の出発点になる
「AIの時代の幸福とは何か」という問いは、一見すると哲学的すぎて実務から遠い話のように聞こえます。しかし、このプログラムが示しているのは、まさにその「遠さ」を手放すことの重要性ではないかと感じます。実際、多くの職場ではすでに変化が始まっています。議事録はAIが作る。企画の叩き台もAIが出す。メール文面も整えてくれる。すると人間に残る仕事は、「誰に何を届けるのか」「なぜそれをやるのか」を決める部分です。プログラムの中で語られた「チェンジメーカー」とは、単に技術を使いこなす人ではありません。AIが導き出した効率的な解に「人間としての意志」や「他者への共感」という血を通わせることができる人を指しているのではないでしょうか。
楽天がこのテーマを選んだことには、戦略的な意図があるように見えます。楽天はEC、金融、通信、スポーツ、広告、AI活用まで、多様な事業を横断する企業グループです。だからこそ、AIを単なる技術的トレンドや業務効率化ツールとしてではなく、人々の生活や社会の質をどう変えるかという、極めて手触り感のある視点で捉える必然性があるのです。AIの導入を推進する企業が「AIへの不安」を公の場で認め、それをあえて対話のテーブルに乗せるというのは、なかなかできることではありません。多くの企業がAIの「できること」を前面に押し出すなかで、「AIをどう感じるか」という内面の問いを起点に置いたこのアプローチは、思っている以上に誠実さが必要な選択です。
参加者のリョウタさんが「幸福の本質は変わらない」と語った言葉は、聞きようによっては月並みな感想に思えるかもしれません。しかしこれは重要な洞察だと思います。AIが進化するにつれ、私たちはつい「何が変わるか」ばかりに意識を向けがちです。しかし対話という営みを通じて、「変わらないもの」を自分の内側で確認できたとすれば、それはAIリテラシーの出発点として非常に堅固な土台になります。何が変わるかを理解するには、まず何が変わらないかを知っていなければならないからです。
Z世代の内定者を対話の中心に据えた点にも、注目したいと思います。AIネイティブと呼ばれる世代は、ツールとしてのAIへの抵抗感が低い反面、AIが自分たちの働き方や人生設計にどう影響するかについては、まだ言語化しきれていない不安を抱えているはずです。その不安を「よくわからないから怖い」で終わらせず、社員と一緒に問いに変えていくプロセスは、入社前の段階としては異例に深い体験です。これは採用施策としての側面も持ちながら、実質的にはキャリア教育と哲学教育を兼ねた取り組みになっています。
一方で、こうしたプログラムには一つの限界もあると感じます。対話の場で生まれた気づきは、往々にして、そのば限りで完結しやすいということです。心理的安全性が確保された特別な空間だからこそ語られた言葉が、日常の職場やチームのなかでどれだけ生き続けるか、そこが問われます。ナガノさんが「対話を継続することが大切」と強調していたのは、おそらくそのことへの自覚があるからでしょう。一度の体験に終わらせず、習慣と文化として根付かせられるかどうかが、このプログラムの真価を決めると思います。
AIの時代における「幸福」の問いに、正解はありません。しかしだからこそ、対話を続ける理由がある。そう考えると、このプログラムはAIそのものよりも、AIを前にした人間の姿勢を問うているように映ります。技術が速く動くほど、立ち止まって問い直す時間の価値は上がる。楽天がこの取り組みに継続的に投資していることは、そのことへの静かな確信の表れではないかと思います。
AIは、おそらくこれからも進化し続けます。便利さは増し、判断の速度も上がるでしょう。しかし、人が幸せを感じる瞬間まで自動化されるとは限りません。誰かに理解された時。誰かと笑えた時。誰かと未来を語れた時。そうした時間の価値を忘れないために、私たちはAIについて学ぶだけでなく、人間とは何かを問い続けていかなくてはならないのかもしれません。楽天のこの対話プログラム「Dialogue for Change with Rakuten」は、静かな出発点なのかもしれません。
Dialogue for Change with Rakuten: What is happiness in the age of AI?
https://rakuten.today/blog/dialogue-for-change-with-rakuten-what-is-happiness-in-the-age-of-ai.html
