
データセンターの無駄を見える化:楽天シンフォニーが実践する5つの管理指標
AIの普及で、データセンターの運用が変わり始めています。これまでのデータセンター管理といえば「サーバーが落ちていないか」、「ネットワークが詰まっていないか」を監視することが中心でした。問題が起きたら対処する、いわば消防署型の運用です。しかしAIワークロードを大規模に動かすようになると、それだけでは追いつかなくなってきました。楽天シンフォニーのグローバルサービス部門を率いるSubha Shrinivasan氏は、自社での実践をもとに「今すぐ管理すべき5つの新しい指標」を提示しています。共通するテーマは「壊れてから気づく」のではなく「じわじわ漏れているコストや性能の無駄を、事前に見つける」ことです。
1:PUEを重要指標に
データセンターのエネルギー効率を測る指標に、PUE(Power Usage Efficiency)があります。施設全体の消費電力をIT機器の消費電力で割った数値で、理想は1.0。施設に引きこんだ電力が全てサーバーに届いている状態です。一般的なデータセンターでは、冷却や照明などに電力が取られるため、1.5から1.8程度になります。楽天シンフォニーはこれまで、PUEを「電気代を抑えるための指標」として管理してきました。目標は1.2前後。冷却設備を効率化し無駄な電力消費を減らす、というアプローチです。しかし、ある見落としに気づきました。PUEはサーバーの稼働率とも連動しているのです。省エネ設備をどれだけ入れても、サーバーが何もしていないのに電源が入りっぱなしであれば、施設全体として電力を無駄に使っていることに変わりありません。PUEは下がりません。この気づきによって、PUEの位置づけが「運用全体で改善すべき最重要KPI」に変わりました。電気インフラを整えることと、サーバーを高い稼働率で使い続けること。この両方を同時に追わなければ、PUEは本質的には改善しない。楽天シンフォニーはそう結論づけています。
2:サーバーを効率的に冷やす
GPUを大量搭載したAIサーバーは、非常に多くの熱を発します。熱の管理が甘いと、サーバー自身が自衛のために性能を落とす「サーマルスロットリング」が発生します。お金を払って借りているはずの計算能力が気づかないうちに削られている状態です。重要なのはホール全体の気温ではなく、サーバー前面の吸気口に届く空気の温度です。吸気温度が高いと、内部ファンはフル回転し、それでも冷えなければスロットリングへと進んでしまいます。楽天シンフォニーが導入したのは、ホットアイル封じこめ(HAC)という手法です。サーバーから吐き出される熱い排気が、そのまま隣のサーバーの吸気口に回りこまないよう、物理的に通路を仕切って冷却ユニットへ直接送り返す構造です。吸気温度を管理するだけで性能劣化を未然に防げます。次世代の拠点では、液体でチップを直接冷やす液冷技術の導入も検討中です。空冷に比べて冷却効率が高く、AIサーバーのような高発熱環境ではより経済的です。
3:未利用のインフラを自動でオフに
3つ目の課題は、アロケーション率(インフラの予約率)の問題です。楽天シンフォニーのアロケーション率は90%超でした。数字だけ見れば、ほぼフル稼働に見えます。しかし実際の稼働率を測ってみると、全く違う事実が出てきました。予約はされているのに実際には70%の目標を下回ったまま放置されているインフラが大量にあったのです。理由を調べると、各チームが「いざ必要になった時、インフラが取れなかったら困る」という心理から、使う予定がなくても確保し続けるため起きることが分かりました。レストランで言えば、予約だけ入れて来店しない客が席を埋め尽くしている状態です。対策として、まずアイドル状態のプロセッサーを自動でオフにする機能を自社開発しました。さらに、ワークロードを「ハードウェアに強く依存するもの」と「ソフトウェアだけで動くもの」の2種類に分類し、後者については稼働率が低い状態が続いた場合にいったんキャパシティを回収する仕組みを導入しています。ただし、チームが困らないよう条件をつけています。必要になったら24時間以内に返却する、という約束です。これを担保するために、サーバーの初期状態をコードで定義しておき、いつでも素早く再展開できる体制を整えています。
4:無線機器を自動でスリープさせる
楽天シンフォニーのラボには、通信機器の品質検証(QA)やパフォーマンステストのために、多数の無線機器が設置されています。ただし、これらの機器が実際にテストで必要になるのは、プロセスの最終局面だけです。商用トラフィックを扱っているわけでもありません。にもかかわらず、これまでは「念のために常時オン」が当たり前でした。電力コストが上昇している今、この前提を見直す余地があります。RAN Intelligent Controller(RIC)を使えば、低トラフィック時に無線機器を自動でスリープさせることができます。この「無線マイクロスリープ」は、楽天モバイルの商用ネットワークですでに実装済みです。楽天シンフォニーは2026年第3四半期を目途に、この機能を自社のデータセンター環境にも展開する計画を進めています。使わないものは賢く寝かせる。地味ながら確実な節電策です。
5:フラットなネットワーク構造に
最後は、データセンター内部のネットワーク設計の話です。従来のデータセンターネットワークは、外部のユーザーとサーバーをつなぐ上下方向(North-South)の通信を前提に設計されてきました。しかしAIや分散処理のワークロードでは、サーバー同士が大量のデータをやり取りする左右方向(East-West)の通信が主役になります。問題は、従来型の3層構造(アクセス/アグリゲーション/コア)では、サーバー同士が直接話せず、一度ネットワークの頂点まで上がってから折り返してくる「トロンボーニング」が起きることです。このせいで予測不能な遅延が発生し、同時に複数のサーバーが同じ宛先にデータを送った際にスイッチが詰まることも頻発します。楽天シンフォニーが移行を進めているのは、Spine-Leafと呼ばれるフラットなネットワーク構造です。「末端→中継→末端」の2ホップでどのサーバーにも届く設計のためネットワークが安定します。
「何が壊れているか」より「何がじわじわ損しているか」
5つの指標を並べてみると、一つの共通点が見えてきます。どれも目に見えにくいロスを可視化するための取り組みです。電力の無駄、熱による性能劣化、使われていないインフラ、眠らない無線機器、遠回りするネットワーク。個別に見れば些細に見えるかもしれませんが、500ノードを超える規模になると、これらの積み重ねがコストと性能の両面で大きな差となって現れます。楽天シンフォニーはこの考え方を「事後対応型オブザーバビリティ(壊れてから気づく)」から「効率駆動型オブザーバビリティ(無駄とボトルネックを先に見つける)」への転換と位置づけています。AIデータセンターを安定的に運用するために必要なのは、より高性能なサーバーを買い足すことだけではなく、すであるインフラをいかに賢く使い切るか。という運用思想の刷新かもしれません。

私見と考察:確実で実直なリソース最適化の思想
楽天シンフォニーが提示した5つの指標を改めて眺めると、どれも派手さがありません。新しいチップを開発したわけでも、革新的なアーキテクチャを発明したわけでもありません。使っていないものを寝かせる、熱い空気が回りこまないよう仕切る、予約したまま使っていないリソースを返してもらう。やっていることの本質はシンプルです。だからこそ、説得力があります。
AI投資をめぐる現在の議論は、どうしても「どれだけ大きく投資できるか」に引き寄せられがちです。GPU調達、データセンター新設、電力インフラの増強。規模の競争が前景に出てくると、楽天シンフォニーの事例が示すような足元の運用効率という話は地味に見えて後回しになりやすいのかもしれません。でも実際には、既存インフラの稼働率が70%を下回ったまま放置されている状況で新しいハードを買い足しても、非効率は規模と共に膨らむだけです。
電力削減という観点で見ると、5つの指標の中で最も即効性が高いのは、無線マイクロスリープとアイドルプロセッサーの自動オフです。どちらも「使っていないものを止める」というだけの話で、大規模な設備投資を必要としません。それでも多くのデータセンターで見落とされてきたのは「常時オン」が長年の当たり前の運用だったからです。問題として認識されていないものは、改善の対象にもなりません。楽天シンフォニーがまずやったのは、その「当たり前」を疑うことでした。
PUEの再定義も同じ構造です。電気代を抑える指標として管理していたPUEが、実はサーバーの稼働率とも連動していました。この気づき自体は、複雑な技術的発見ではありません。しかし運用の現場では、冷却担当と稼働率管理が別々のチームに分かれていることが多く、両者をつなげて考える視点が生まれにくいです。PUEを「施設の指標」から「運用全体のKPI」に格上げするという判断は、技術よりも組織の問題に踏みこんでいます。
キャパシティ回収の仕組みも、技術的には単純です。難しいのは、各チームが自分のリソースを手放すことへの抵抗感を、どう解消するかです。「24時間以内に返却する」という約束を制度として成立させるには、インフラのコード化という技術的裏付けと同時に、組織内の信頼が必要です。この仕組みが実際に機能しているとすれば、それは楽天シンフォニーの技術力よりも、組織としての成熟度を示しているように思います。
Spine-Leafへの移行だけは、設備投資を伴う大きな判断です。ただここで強調されているのはコスト削減よりも「レイテンシの安定」であり、電力削減という文脈とは少し毛色が異なります。AIの分散処理では、平均的なレイテンシよりも、突発的な遅延が起きないことの方が重要です。その意味でSpine-Leafは効率化というより、AI運用の信頼性を構造的に担保するための投資です。
まとめると、楽天シンフォニーの取り組みは「省エネ」や「コスト削減」という言葉でくくるには少し窮屈です。その本質は、AIワークロードを安定して動かし続けるために、今あるインフラをどこまで使い切れるかという問いへの、地道で誠実な答えだと思います。新しいハードを買う前に、今持っているものを正しく使う。当たり前のようで、実行できている組織は多くありません。
AI-first data center operations drive new priorities
https://symphony.rakuten.com/blog/ai-first-data-center-operations-drive-new-priorities
