映画評「永遠と一日」(1998年/ギリシャ・フランス・イタリア)

1998年/ギリシャ・フランス・イタリア/133分 製作・監督・脚本:テオ・アンゲロプロス 撮影:ヨルゴス・アルヴァニティス/アンドレアス・シナノス 音楽:エレニ・カラインドルー 出演:ブルーノ・ガンツ/イザベル・ルノー/アキレアス・スケヴィス/デスビナ・ベベデリ/イリス・ハジアントニウ/エレニ・ゲラシミドゥ/ヴァシリス・シメニス

砂浜から海底の都を目指し、海を進み、やがて砂浜に上がる。かつて近くにあったものと別れ、かつて別れたものと近くなる。探しても見つからず、やがて心の中へ。時がすぎたようでいて、すぎなかったようでいて。砂浜で海を眺める。海に全てがある。問いかけても答えはなく、なにかを語るようでいて、その問いを分からず。そこでなにを思う。私だったらなにを思うだろうか。海に向かって、小銭を払って買った言葉を、詩人が叫ぶ。とてもすごい状況だ。こういう発想に驚いた。テオ・アンゲロプロスの映画はえてして、長回しで芸術性に重点を置いているようにも見えるが、この映画の場合は犯罪劇のような人身売買のシーンをスリリングに描いてあったり、子供がどうなってしまうのかハラハラしたり、飽きさせずに語ろうとするストーリーが印象的だった。現代を舞台にして、政治色が少なく、身近な題材で作られているので、共感しやすい。登場人物は、余命いくばくもない老人と、密入国してきた身寄りのない小さな子供。彼らがとても心配になる。そこでくり広げられる世界がとても美しい。大画面の中に引きこまれていくような魅力がある。レコードをかけたら窓の向こうの見知らぬ住人の部屋から同じレコードが聞こえる場面が印象に残る。日常の身近な場所で他人との接点ができている。言葉のやりとりではなく、音楽のやりとり。誰かがいるからどこかで響く。この映画の大前提だ。開かれている。この映画から聞こえてくるのは、人々のベランダに向かって音楽が聞こえるような、ささやかながらも澄みとおった音色だ。主人公が進むのは、明日を探しにいく旅であり、言葉を探しにいく旅だ。それは、そのまま人生である。しかし、立場が最後の瞬間になった場合は、どのような旅になるのだろうか。明日がないかのように見える場合、明日とはなんだろう。見え方が変わってくる。言葉で世界を手に入れて、自分をよそ者にはしないこと。緊急性があるが、もはや諦めの境地にいる。主人公は作家でもあるので一生の課題だったのだ。薬を飲みつづけ、食べたり飲んだりしない。一歩一歩に痛みがあるようにも見える主人公の一日。世界はこんなもので終わるのだろうか。最初は、死よりも重くのしかかる救いのなさを感じた。犬や娘や母や我が家に対しての別れの一日だ。身辺整理をしているかのようだ。しかし、大部分を占めているのはすでに死んでしまった妻への別れだ。不在なので、身辺整理をしてもどこにも片づかないし、解決できないし、周りを片づければ片づけるほど明確になっていく。監督は長回しの達人であり、印象に残る景色を作りだす達人だ。険しい山道を抜けて国境の金網にたどりつくシーンが怖い。金網に、人々が張りついている。不気味だ。死後の世界のようだ。そこから二人は人生のほうに引き返す。革命家が眠り、大学生が痴話喧嘩し、3人のオーケストラが演奏するバスの中のシーンが夢うつつで面白い。こういう風に人生を語れる視点が素敵だ。最後に19世紀の詩人も乗ってくる。「人生は美しい」と語り、詩人がバスを降りる。たしかに。そんな気持ちになる優しいシーンだ。心の旅でもあるので時間の概念があいまいだ。舞台となる時間は一日だが、長い長い時間だ。長回しと調和のとれた時間感覚だ。手紙の文面を追いながら現実の部屋からベランダに出ると妻に出会う。川のようにも海のようにも見える長い岸辺を歩いていくと、19世紀の詩人が立っている。そこが海の底の古代都市であるかのように、時が止まっている。言葉を買うという概念が面白い。言葉というものが自分の外にあるのだという観点が新鮮だった。自分に内在しているようでいながら、言葉は他人なのだ。語りたい言葉が自分の内にないのか、語りたい思いが自分の内にないのか、なかなか判断しがたいが、19世紀のあの詩人は、明確に思いがあったから、買ってでも言葉を手に入れたかったのだろう。詩人としての思いの強さと言葉への渇望が心に残った。主人公も晩年において、新しい言葉と出会い、それを買っている。車の中での少年との別れでは、言葉の価値観が人生の価値観であるような地平に届いている。それがなにかの呪文のように、言葉の意味をも越えた言葉を買ったような気がする。しかも小銭のやりとりで。ささやかながらも重みのあるシーンだ。冒頭から聞こえる波の音。海で泳ぎはじめる3人の子供たち。記憶と海が一体化している。追憶は全て海。崖の上で一人。青空と海が広がる。ヨットで母や妻に出会う。浜辺で妻と抱き合う。結末で妻が答える。明日の長さは永遠と一日。明日と昨日の進み具合が逆転して、永遠の時間を手に入れたような瞬間だ。追憶の海。言葉の海。海を前に、手に入れたばかりの言葉を叫び、母の呼ぶ声が聞こえる。時がなくなる。よそ者ではなくなった、不思議な瞬間だ。