映画評「麻雀放浪記」(1984年/日本)

1984年/日本/109分 監督・脚本:和田誠 原作:阿佐田哲也 撮影:安藤庄平 出演:真田広之/大竹しのぶ/鹿賀丈史/加賀まりこ

最初に見た時は「新しい映画なのに、なんで白黒なのだろう」と納得いかず、興味を持てなかった。その時は私も小学生だったのでしかたがない。「野良犬」のような雑踏の生命力がなく、趣味よくインテリジェントでスタイルよく撮影されているのが気になる。80年代なのだ。しかし、時代の雰囲気が出ていて、今見ても新鮮で、気分よく見ることができたので、「白黒」は、いい演出だったように思う。最初の印象では、昔かたぎの趣味的な映画だと感じた。私的な知的遊戯。蛾が壁に止まるシーンが必要以上に美しい。少し踏みこんでみると、きれいで分かりやすい構図が印象的。カメラの構図が理論的。かき氷屋で二人が向かいあう構図、女の表情は気にしなくていいし、ひっぱたく場面も分かりやすく、すぐ後にラムネを取りにいく流れも自然だ。「この位置しかないよなあ」と、一場面ごとに納得する。動きをしっかり撮ろうとしている。考えぬかれた構図が小気味よく流れていくのを眺めるのは快感だ。マージャンしている最中に麻雀卓の周囲をグルグル回るように映しているシーンが面白い。話の流れ以上にカメラが雄弁である。見た後に最後まで残るのは、セリフ。会話に無駄がなく、スタイリッシュだ。セリフが生々しく耳に残る。「おまえさん人買いらしいが、度胸がねえんだな」というのも、説明セリフのはずだが、妙に印象深い。全てが挑発的で、内に感情がこめられたセリフだ。一番印象的なセリフは「どうなってもいいのはてめえのほうだ。てめえら家つき飯つきの一生を人生だと思ってんだろ。そんな保険のおかげで、この女が自分の女か他人の女か見分けもつかねえようになってんだよ。てめえらにできるのは長生きだけだ。糞たれて我慢して生きてるだけだ」だった。開放感のある楽しさではなく、のめりこむような、つんのめるような、前のめりのような荒々しさ。本物の演技が魅力的だ。鹿賀丈史の無頼派そのものの演技が光る。「こんなやつはふつういないだろ、でもいるのかもな」というようなリアリティあふれる演技だ。ドサ健の単体の魅力で存在している映画だ。