
映画評「トレインスポッティング」(1996年/イギリス)
1996年/イギリス/93分 監督:ダニー・ボイル 製作:アンドリュー・マクドナルド 原作:アーヴィン・ウェルシュ 脚本:ジョン・ホッジ 出演:ユアン・マクレガー/ユエン・ブレムナー/ジョニー・リー・ミラー/ロバート・カーライル/ケリー・マクドナルド
汚らしいトイレの中に溺れ、美しい水の中に潜る。煩わしい世の中に溺れ、甘美な夢の中に遊ぶ。一滴の薬で人生が変わる。一錠の薬で世界が変わる。打てば薔薇色だ。しかし、戻ってくる場所は、元よりも汚く煩わしい日常。その繰り返し。その積み重ね。ヘロインでもエクスタシーでも。時代が変わっても同じことだ。美しくも汚らしい現実が描かれている。ライ麦畑でつかまえて、を、現代の閉塞感あふれるイギリス文化で映画として表現すると、こんな感じになるのかもしれない。無軌道。無計画。虚無。空虚。その中で一貫してなにかの主張がある。若者の主張である。就職の面接での壮大な失敗など、共感を持てるシーンが多く、彼らの意見にも耳を傾けてみたくなる。私にしては珍しくDVDを持っていて、2012年の今でもよく見る。当時は、同時代性を感じた映画だった。個人的には音楽だけで半分くらいの魅力がある。当時、この映画の挿入歌の入ったアーティストのアルバムは、少なくとも1枚は持っていた。エラスティカも、スリーパーも。イギリスではブリットポップ全盛期だったが、たいしたことのないバンドも多かった。後で振り返ってみても、これは抜群の選曲だ。イギー・ポップが史上最高にカッコイイし、アンダーワールドは効果的。「ボーンスリッピー」はヒリヒリした未来への戦慄と躍動感がある。特にパルプの使われ方は、最高だ。プロモーションビデオを見ているかのようだ。短いカットで強烈な印象のシーンがどんどん続いていく。撮影したブライアン・テュファノは、「さらば青春の光」や「リトルダンサー」も撮っている。1939年生まれとは思えないほどの若々しい映像感覚だ。94分という時間の割には濃密である。飽きることがない。これほどまでにヘロインを打っているシーンを魅力的に撮れる監督の才能がすごい。物語は悲惨の極致だ。ただ、学校の中のような、モラトリアム的な雰囲気も感じる。ヘロイン模様に彩られた監獄の世界だ。逮捕、裁判、オーバードーズ、禁断症状、失業、葬式と来て、行き着くところまで行ってしまいそうになっている。最後の決断は非常に正しい気がする。脱出に近い。結果的に全滅を逃れ、他の仲間も生き残れた気もする。悲惨な状況から旅立っていく場面に救いがある。アンダーワールドの曲が流れ、起きあがり、見慣れた世界を去っていく。このシーンは、いつ見ても身震いする。美しい。若者の旅立ちの瞬間である。無難な道を選んでないので、前途は多難そうだ。まあ、青年にとって、前途は多難な物だ。ふてぶてしい面構えで、いよいよ麻薬よりも禁断症状よりも激しい世界に飛びこんでいく。最後の時点では、麻薬を続けるかもしれないし、続けないかもしれない。カタギになるかもしれないし、ならないかもしれない。幸せなのか不幸なのか。完全にニュートラルな状態だ。観客の心につながりやすく、共感を得られる立場だ。さらに、そこに言葉でゆさぶりをかける。「あんたと同じ人生さ。出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレイヤー、健康、低コレステロール、住宅ローン、マイ・ホーム、おしゃれ、スーツとベスト、日曜大工、クイズ番組、公園の散歩、会社、ゴルフ、洗車、家族でクリスマス、年金、税金控除、平穏に暮らす、寿命を勘定して」この言葉は、強烈だ。今も私はゆさぶられ続けている。この映画を見ると落ち着かなくなって眠れなくなる。