映画評「Dr.パルナサスの鏡」(2009年/イギリス・カナダ)

2009年/イギリス・カナダ/124分 監督・脚本・製作:テリー・ギリアム 脚本:チャールズ・マッケオン 出演:ヒース・レジャー/ジョニー・デップ/ジュード・ロウ/コリン・ファレル

アイボみたいな作り物のロボットの動物がたくさんいる動物園の中で、1頭だけ本物の獣が紛れこんで、ロボットの動物たちを食いあらしている。「ダークナイト」の印象は、そんな感じだった。おいしかったかい?ヒース・レジャー。バットマンにおけるジョーカー役の次に、テリー・ギリアム。命を縮めたのは、強烈な役柄のせいか。磁石が引き寄せるように、強烈な個性が結びつき、激しく火花を散らしながら灰になったのか。Dr.パルナサスは、永遠の命を持ち、人々のイマジネーションを昇華させるが、能力についてはそこまでで、全くもってスーパーマンではない。勝負に勝ったと思われつつも、悪魔の手のひらでもてあそばれている観もある。なかなか幻想的かつ現実的で、難しい設定なのだが、映画産業(悪魔)とテリー・ギリアム(パルナサス)という監督の中の心象風景が、そのまま映画の構造と結びついているため、妙な説得力がある。鏡の中の夢と、鏡の外の現実は、どちらも監督の頭の中にある。監督・脚本・製作。どうしても作家性に目が行く。強烈な個性だ。警官のダンスが挿入されたり、どこかで飛んだ発想が、相変わらず面白い。単なる「夢」の描写でありつつも、その中に選択肢があって、進む先が天国と地獄に分かれている設定は斬新だ。酒とかブランド品とかゲームとか、人々のイマジネーションは、豪華で夢のようでありながら、どこか安っぽい。最終的に現れるのは砂漠だ。なにかイマジネーションの限界というか、現実世界の大きな広がりを逆説的に感じた。説明台詞も多用されていたが、なかなか味のあるシナリオだった。正義対悪の二元論から離れた部分が興味深い。親子の愛情という、オーソドックスなシナリオ的枷もうまく使われていた。謎の男の正体をシナリオで引っぱっていく手法も巧みだ。その正体は、完全に正義ではないが単なる悪人でもない、複雑な性格。でも、最後の鏡の中で白黒が付いた気がする。子供を抱き抱えたまではよかったが、自らの式典の情景に移動することを選択したのが致命的だった。監督は、シナリオ全体を通してアメリカ的な成功やアメリカ的なイノセンスを肯定しつつも、どこかで距離を置いている。この立ち位置に、個性的な苦みが出ていた。映像的には素晴らしい幻想の風景にあふれ、驚きに包まれつつも、どこか懐かしい。モンティパイソンのころから技術が進み、ようやく自分の頭にある風景を具現化できている気がする。ワンアンドオンリーの、この強力な映像美。田園風景の中ではしごを上っていくシーンは毒々しくも強烈なイメージで印象的だった。リリー・コールの、CGとか作りこみに調和の取れた美しさも印象的。この映画ではお飾りみたいな感じだったが、これから楽しみな女優だ。なかなか考えさせられる終わり方だが、「ブラジル」の時と比べたら、圧倒的にハッピーだ。苦味があり、甘みがあり、複雑な味わいの映画だった。