楽天とOpenAIが示す「AIと働く」未来と新しい仕事の形

生成AIの活用が広がるなか、企業にとって次の課題になっているのは、AIを導入することではなく、社員が実際の業務で使いこなせる環境をつくることです。高性能なAIを利用できるようにしても、具体的な用途が分からなければ、簡単な質問や文章作成に使われるだけで終わってしまいます。楽天グループがOpenAIと共同で東京本社において実施した2日間の集中ワークショップは、AIエージェント「Codex」をソフトウェア開発だけでなく、営業、データ分析、資料作成、情報整理、業務の自動化などへ広げる試みでした。エンジニアと非エンジニアの双方が実際の業務課題を持ち込み、OpenAIの担当者と一緒にAIエージェントを構築することで、AIを「知る」段階から「仕事の流れに組み込む」段階へ進もうとしています。

楽天とOpenAIが東京で2日間の集中ワークショップを開催

楽天グループは、OpenAIとの継続的な取り組みの一環として、東京本社で2回目となる対面形式のCodexワークショップを開催しました。対象はソフトウェアエンジニアだけではありません。営業、データ分析、プロダクトマネジメントなどに携わる非エンジニアも参加し、ライブデモ、操作方法の解説、実習を通じて、Codexをそれぞれの業務に取り入れる方法を学びました。一般的な研修のように機能を一方向で説明するだけではなく、参加者が普段扱っている業務や課題を持ち込み、OpenAIのチームから直接助言を受けながら試せることが、このワークショップの大きな特徴です。

Codexはソフトウェア開発だけに使うものではない

Codexという名称から、プログラムコードを生成するエンジニア向けのAIを想像する人も多いでしょう。しかし、今回のワークショップで示された利用範囲は、コード作成にとどまりません。Codexはファイルやツールを扱い、複数の作業をまたいだ反復可能なワークフローを実行することを想定したAIエージェントです。社内のコミュニケーション、メモ、ダッシュボードなどに分散している情報を集める、複数の資料からプレゼンテーションを作る、予定や仕事を整理するデジタルアシスタントを構築するといった用途にも活用できます。文章を一度生成して終わるAIではなく、必要な情報を探し、ファイルを扱い、作業を進める存在として位置付けられている点が重要です。

1日目はCodexを使うための基礎づくり

ワークショップ初日は、楽天のエンジニアが日常業務でCodexをどのように使っているかを共有するところから始まりました。続いて、OpenAIのチームがCodexの新しい機能をライブで紹介し、参加者が実際にAIエージェントを構築する実習が行われました。作成されたものは、定型作業を自動化するエージェントからアプリケーション開発を支援するものまで多岐にわたります。参加者はOpenAIの担当者と同じ場所で作業し、疑問が生じた時点で質問しながら、考えた仕組みをその場で動かしていきました。説明を聞くだけでは分かりにくいAIエージェントの性質を、実際に構築し、失敗し、修正する過程から理解する研修になっています。

エンジニアに求められる「ループを管理する力」

楽天グループのAI for Businessのジェネラルマネージャーは、エンジニアにとって重要になるのは、自分ですべてのコードを書く役割から、AIがより自律的に仕事を完了できるよう一連のループを管理する役割へと、意識を移すことだと説明しています。AIに指示を出してコードを生成させるだけでなく、要件を伝え、実行結果を確認し、問題を修正させ、必要なテストを通過するまで作業を進めさせるという考え方です。エンジニアの役割がなくなるのではなく、細かな作業を直接処理する比重が下がり、全体の設計、品質の判断、制約の設定、結果の検証を担う比重が高まっていきます。

非エンジニアにも開かれるソフトウェア開発

初日には、非エンジニアを対象とした独立したセッションも用意されました。OpenAIのチームは、営業、データ分析、プロダクトマネジメントなど、複数の職種におけるCodexの利用例を紹介しました。AI for Businessのジェネラルマネージャーは、非エンジニアにとっては、自分が求めているものを明確に説明できれば、ソフトウェアを構築することが以前より身近になると述べています。これまで業務を効率化する小さなツールが必要になった場合、専門部署へ開発を依頼するか、既存の表計算ソフトなどを組み合わせて対応するのが一般的でした。Codexを利用すれば、業務を最もよく知る担当者自身が、必要な機能や処理の流れを伝え、試作品を作りながら改善できる可能性があります。

2日目は複雑で信頼できる仕組みの構築へ

2日目は、Codexをすでに利用している上級者を中心に、より複雑で信頼性の高いソフトウェアを大規模に構築し、維持する方法が扱われました。単発の指示で一度だけ作業させるのではなく、定期的に実行する自動化を構築し、日々のワークフローへ継続的に組み込むことが焦点となりました。同じ説明を毎回繰り返さなくても、決められた手順や条件に沿って処理を進められるようにすることで、AIが提供する価値を安定させる狙いがあります。AIエージェントの実用化では、一度うまく動くデモを作ることよりも、同じ品質で繰り返し利用でき、業務の変化に応じて保守できる仕組みにすることが重要になります。

15分の個別相談「Clinic」が具体的な課題を解決

2日目の中心となったのが、チームごとにOpenAIの担当者へ相談できる15分間の個別セッション「Clinic」です。参加チームは、自分たちの利用環境、直面している問題、実現したい目標を説明し、具体的な助言を受けました。希望者が多く、予約枠が限られていたため、最後には追加の「Office Hours」も設けられ、質問を持つ参加者がOpenAIのチームへ直接相談できる機会が確保されました。こうした個別相談では、一般論としての使い方ではなく、「このデータをどう扱うのか」「この作業をどこまで自動化できるのか」「安定して動かすには何を決める必要があるのか」といった実務上の問題が掘り下げられました。

参加者全員がCodexを使える状態に

2日間の終了時には、技術的な経験の違いにかかわらず、すべての参加者がCodexの設定を済ませ、どのように利用するのかを実感できる状態になりました。これは、ワークショップの成果を示す重要な点です。AI研修では、講義を聞いて理解したつもりになっても、職場へ戻った後に何から始めればよいか分からず、利用が定着しないことがあります。今回のワークショップでは、参加者自身が環境を設定し、実際の課題に対してCodexを動かすところまで経験しました。研修終了後にすぐ業務で試せる状態をつくることで、学習と実践の間に生じる空白を小さくしています。

抽象的な勉強ではなく、現実の業務を持ち込む

ワークショップへの参加意欲は2日間を通じて高く、参加者はすでに具体的なユースケースや業務の流れを準備していました。そのため、「Codexとは何か」を抽象的に学ぶのではなく、現在取り組んでいる問題へどのように適用するかを考える時間になりました。AI研修の実用性を高めるには、講師が用意した共通の練習問題だけでなく、参加者が日常的に扱っているデータ、ファイル、作業手順、判断条件を題材にすることが有効です。自分の仕事を題材にすれば、AIが得意な部分と人間の判断が必要な部分を具体的に切り分けられ、研修終了後の活用にもつながりやすくなります。

AIを独立したツールではなく仕事の一部にする

OpenAIのCodex Deployed Engineerは、ワークショップの目的について、AIを独立したツールとして扱うのではなく、日々のワークフローへ統合する方法を体験してもらうことだと説明しています。AIの導入というと、新しいチャットサービスを追加し、社員が必要なときに質問する姿が想像されがちです。しかし、それだけではAIを使うたびに人間が作業を始め、情報を集め、背景を説明しなければなりません。ファイル、業務ツール、繰り返し行われる処理とAIを接続すれば、仕事の流れそのものを短くし、より一貫した結果を得られる可能性があります。同時に、速度や効率だけでなく、責任ある方法で利用することが前提になります。

楽天グループ全体の「AI-nization」を加速

今回のワークショップは、楽天が進める「AI-nization」をグループ全体へ広げる取り組みの一つです。AI-nizationとは、限られた専門家だけがAIを開発、利用するのではなく、さまざまな職種の社員が日々の仕事にAIを取り入れ、サービスや業務のあり方を変えていく考え方です。OpenAIのような技術企業による直接指導と、エンジニア、非エンジニアそれぞれに合わせた実習を組み合わせることで、AI利用の心理的、技術的なハードルを下げようとしています。多くの社員が参加し、OpenAIのチームと積極的に意見を交わしたことは、AI活用が一方的な社内方針ではなく、現場が自ら試し、使い方を探る活動として広がり始めていることを示しています。

私見と考察:AI活用の本当の壁はAIの性能ではない

今回の取り組みから見えてくるのは、企業におけるAI活用の本当の壁が、必ずしもAIモデルの性能ではないということです。高性能なAIを契約し、全社員へアカウントを配布するだけでは、組織の生産性は自動的に向上しません。社員が自分の業務を分解し、どの作業をAIに任せ、どの判断を人間が担い、どの情報やツールを接続するかを考える必要があります。その方法を習得するには、一般的なプロンプトの書き方を学ぶだけでは不十分です。実際の業務を題材にAIを動かし、失敗した理由を確認し、専門家の助言を受けながら修正する経験が必要です。楽天とOpenAIのワークショップは、AI導入の重点がツールの配布から業務設計の学習へ移りつつあることを表しています。

「明確に説明する力」が新しい基礎能力になる

非エンジニアでも、実現したいことを明確に説明できればソフトウェアを構築しやすくなるという考え方は、AI時代の働き方を象徴しています。ただし、自然な言葉で指示できるからといって、誰でも直ちに思い通りのシステムを作れるわけではありません。必要なのは、現在の作業手順、入力する情報、期待する出力、例外が起きた場合の対応、守るべき条件を言葉にする力です。曖昧な業務をAIへ任せれば、返ってくる結果も不安定になります。これまでプログラミング言語で記述されていた要件の一部が自然言語へ移るほど、業務を整理し、誤解のない形で説明する能力の価値は高くなると考えられます。

エンジニアは「書く人」から「成立させる人」へ

Codexの普及によって、エンジニアの仕事が単純に減ると考えるのは早計です。AIがコードを書く範囲が広がるほど、生成されたコードが要件に合っているか、安全性や性能に問題がないか、既存のシステムへ組み込んでも障害を起こさないかを判断する役割が重要になります。AIへ作業を任せるには、適切な実行環境、参照させる情報、守らせるルール、テスト方法、停止条件を設計しなければなりません。エンジニアは一行ずつコードを書く人から、人間とAIが協働する開発工程全体を成立させる人へ近づいていきます。楽天グループのAI for Businessジェネラルマネージャーが示した「ループを管理する」という表現は、この役割の変化を端的に示しています。

単発のプロンプトから継続的なワークフローへ

2日目に定期実行する自動化が扱われた点も見逃せません。生成AIの利用は、質問を入力し、回答を受け取る単発の操作から始まることが多いものです。しかし、企業が大きな効果を得るのは、毎日、毎週、毎月発生する仕事のなかへAIを組み込んだときです。複数の資料から報告書の下書きを作る、ダッシュボードの変化を確認する、会議の情報を整理する、定型的な確認作業を実行するといった処理が継続的に動けば、削減できる時間は積み重なります。AIが面白い回答を返すかどうかではなく、同じ仕事を安定して繰り返し、必要なときに人間に判断を委ねられるかどうかが、企業での価値を左右するようになります。

個別相談がAI研修の成否を分ける

15分間のClinicとOffice Hoursが高い関心を集めたことは、AIの利用方法が業務ごとに大きく異なることを示しています。営業担当者、データ分析者、プロダクトマネージャー、エンジニアでは、使用する情報も、求める結果も、許容できるリスクも異なります。全社員に同じ説明をする研修だけでは、それぞれの仕事に適用する段階で行き詰まりやすくなります。共通の基礎を学んだ後、実際の課題について短時間でも専門家へ相談できる仕組みを用意することが、利用の定着に有効です。今後は、社外の専門家による相談だけでなく、社内で優れた利用方法を共有し、部門ごとの課題を支援する担当者を育てることも重要になるでしょう。

非エンジニアによる開発はIT部門を不要にしない

Codexによって非エンジニアが小さなツールや自動化を構築できるようになると、業務改善の速度は上がると考えられます。一方で、個人が作った仕組みを組織全体で利用する場合には、情報管理、アクセス権限、保守、障害対応、品質保証などの問題が生じます。そのため、非エンジニアによる開発の拡大は、IT部門を不要にするのではなく、IT部門の役割を変える可能性があります。すべての要望を受け取って開発する立場から、社員が安全にAIとソフトウェアを利用できる共通環境やルールを整え、重要な仕組みを専門的に支援する立場へ移っていくと考えられます。

AI活用では効率と統制を同時に設計する必要がある

AIエージェントが扱う仕事の範囲が広がると、誤った出力を返すだけでなく、間違ったファイルを更新する、不要な情報を共有する、不適切な処理を繰り返すといったリスクも考えなければなりません。AIにどの情報へのアクセスを認めるのか、どの操作は人間の承認を必要とするのか、実行記録をどのように残すのか、問題が起きた場合に誰が停止するのかを事前に決める必要があります。AIを日常業務へ深く統合するほど、利便性とガバナンスは別々に扱えなくなります。OpenAIのCodex Deployed Engineerが「責任ある方法」に言及しているのは、AIを実験段階から実運用へ移すうえで欠かせない視点です。

多様な事業を持つ楽天はAI活用の実験場になり得る

楽天グループは、EC、金融、通信、デジタルコンテンツ、スポーツなど、性質の異なる事業を展開しています。業務の種類も、ソフトウェア開発、営業、顧客対応、データ分析、マーケティング、社内管理など多岐にわたります。そのため、CodexのようなAIエージェントをさまざまな職種へ展開し、どの仕事で効果が大きいのかを検証しやすい環境があります。ある部署で作られた自動化や業務設計を、共通化できる部分だけ別の部署へ広げられれば、個人の生産性向上をグループ全体の変化へつなげられます。ただし、事業やデータの性質が異なる以上、一つの成功例をそのまま全社へ当てはめるのではなく、それぞれのリスクや業務条件に合わせる必要があります。

AI活用の最終評価は利益に結びついたか

今後、楽天のAI-nizationを評価する際には、Codexを利用した社員数や生成したコードの量、削減できた作業時間だけでは不十分です。たとえば、毎月100時間かかっていた作業を20時間に短縮しても、その80時間が別の重要業務へ振り向けられず、残業や外部委託費、人員配置も変わらなければ、企業の利益へ直ちに結びつくとは限りません。AI活用の成果は、残業代や外注費を含む人件費をどれだけ削減できたのか、処理能力や開発速度がどれだけ高まったのか、社員が生み出された時間を営業、企画、顧客対応、新サービス開発へ振り向け、どれだけ売上や粗利益を増やしたのかまで追う必要があります。さらに、AIの利用料金、開発や保守、社員教育、セキュリティーやガバナンスに必要な費用も差し引かなければ、本当の投資効果は見えてきません。無駄な作業をAIで簡素化すること自体は有益ですが、その作業が本来必要だったのか、削減した時間を何へ再配分したのか、最終的に利益へどの程度貢献したのかまで検証して、初めて企業としてのAI活用を評価できます。

AIを使う組織から、AIと働く組織へ

楽天とOpenAIによる2日間のワークショップが示したのは、Codexの個別機能だけではありません。AIを一部の専門家が試す段階から、さまざまな職種の社員が自分の仕事へ組み込み、継続的に利用する段階へ移るための方法です。実際の課題を持ち込み、手を動かして構築し、専門家へ相談し、研修終了時には利用できる環境を完成させるという流れには、企業がAI活用を定着させるための重要な要素が含まれています。これから競争力を左右するのは、最も高性能なAIを導入した企業ではなく、AIに任せる仕事、人間が判断する仕事、両者を結ぶ仕組みを具体的に設計できた企業でしょう。楽天が進めるAI-nizationの成否を決めるのは、社員がCodexを使えるようになったことではありません。AIによって生まれた時間と能力を、人件費や運用コストの削減、新しいサービスの開発、顧客体験の改善、売上と利益の創出へどこまで結びつけられるかです。社員がAIを使う組織から、人間とAIが日常的に協働し、その成果を事業価値へ変えられる組織へ移行できたとき、今回のワークショップは本当の意味を持つのだと思います。



Rakuten hosted two-day intensive Codex workshop in Tokyo with OpenAI

https://rakuten.today/blog/rakuten-codex-workshop-openai.html

Rakuten hosts intensive Codex workshop with OpenAIRakuten recently hosted a in-person workshop with OpenAI to offer employees hands-on guidance for working with OpenAI’s AI agent, Codex.リンク