通信量が増えても儲からない時代、楽天モバイルはAIと経済圏でどう成長するのか

スマートフォンで動画を見たり、買い物をしたり、仕事をしたりする機会は増え続けています。モバイル通信は、いまや電気や水道にも近い社会インフラになりました。ところが、通信量の増加が、そのまま通信事業者の収益増加につながっているわけではありません。楽天グループの公式ブログによると、PwCの通信業界レポートでは、世界の通信市場における2025年から2029年までの年平均成長率は2.8%にとどまり、1ユーザーあたりの月間平均収益を示すARPUは12%以上低下すると予測されています。データ消費量が過去最高水準に達する一方で、通信事業者の収益は伸び悩むという矛盾が生じているのです。この問題に対して楽天が提示したのが、通信回線そのものだけで収益を上げるのではなく、リアルタイムデータ、AI、ポイント、Eコマース、金融サービスなどを組み合わせ、新しい成長の循環を作るという考え方です。2026年に開催された欧州の大手通信業界イベント「DTW Ignite 2026」では、楽天でAIプロダクト部門を率いるVasanth Raju氏が登壇し、楽天エコシステムでAIエージェントを開発、展開してきた経験を紹介しました。楽天の方法を、そのまま他の通信事業者が再現できるとは限りません。しかし、そこで示された考え方には、通信業界に限らず、データとAIを事業成長につなげようとする企業にとって参考になる部分があります。

AIを導入するだけでは事業は成長しない
生成AIの普及によって、多くの企業がチャットボットや社内向けAIの実証実験を始めています。しかし、AIを導入したという事実だけで、売上や利益が増えるわけではありません。Raju氏は、AIプロジェクトによってトークン利用量やシステム費用だけが増え、ARPUや営業利益率が改善しないのであれば、投資に見合う成果は得られないと指摘しています。第三者が提供するAIのAPIを購入するだけでは、長期的な競争優位を築くことも難しくなります。同じAIモデルを競合企業も利用できるからです。楽天が重視しているのは、AIモデルそのものよりも、AIにどのようなデータを与えるかという点です。高性能なAIを導入しても、社内のデータが部署やサービスごとに分断されていれば、AIが導き出す答えも断片的になります。そこで楽天は、通信事業を成長エンジンへ転換するための考え方として、4つの戦略的な柱を提示しました。

第1の柱:サービスをまたいでデータを統合する
楽天は、AIをデータの価値を増幅する装置として捉えています。質の高いデータを入力すれば、より有用な結果を得られますが、断片的なデータしか与えられなければ、出力も断片的なものになります。楽天グループには、楽天市場、楽天カード、楽天銀行、楽天トラベル、楽天モバイルなど、生活のさまざまな場面に関わるサービスがあります。楽天は単一の楽天IDを軸に、約70の事業と1000万規模のオフラインでの顧客接点を横断し、データを活用する基盤を整えてきたと説明しています。その結果、4590万人の月間アクティブユーザーについて、サービスをまたいだ顧客像を把握できるようになりました。ここで重要なのは、単なる閲覧履歴や推測された関心だけではありません。楽天は、実際に何を購入したのか、どのように決済したのか、どこでポイントを利用したのかといった一次データを保有しています。例えば、ある利用者が旅行先を検索したという情報だけでなく、過去にどの地域のホテルを予約し、どのような支払い方法を選び、どのサービスでポイントを利用したのかまで分かれば、より具体的な提案が可能になります。こうしたデータは、AIサービスを契約しただけで突然手に入るものではありません。顧客に長くサービスを利用してもらう中で、少しずつ積み重ねられていく企業資産です。

第2の柱:AIに案内だけでなく実行まで任せる
楽天が目指しているのは、質問に答えるだけのチャットボットではありません。利用者の目的を理解し、必要な情報を集め、選択肢を提案し、予約や購入などの手続きを最後まで完了させる「AIエージェント」に力を入れています。例えば楽天AIでは、利用者が会話を続けるだけで、条件に合ったホテルやゴルフ場を探し、そのまま予約まで進められる仕組みが導入されています。生成AIを活用したカスタマーサービスエージェント「RAPTOR」も、その一例です。RAPTORは、一般的な質問に回答するだけでなく、統合されたデータを利用して問題を解決し、利用者が次に必要とする対応を予測することを目指しています。楽天の発表では、RAPTORによって10を超える事業部門で問い合わせの自動解決率を高め、2026年には年間43億円規模のコスト削減効果を見こんでいます。これは楽天自身が公表した見こみであり、元記事では詳しい算定条件までは示されていませんが、AIを実験段階で終わらせず、具体的な経営効果と結び付けようとしている点は注目されます。AI導入の成果を「何件の回答を生成したか」ではなく、「どれだけ問題を解決したか」「どれだけ予約や取引を完了したか」「どれだけ業務コストを削減したか」で測ろうとしているのです。

第3の柱:外部AIと自社AIを使い分ける
全てのAIモデルを自社だけで開発するには、膨大な時間と費用が必要です。一方で、全てを外部企業のAIに依存すれば、コストやデータ管理の面で課題が生じます。そこで楽天は、外部の先進的なAIモデルと、自社で開発する用途特化型の小型AIを組み合わせる方針を採っています。幅広い知識や高度な推論が必要な領域では、外部のフロンティアモデルを活用します。一方、特定の業務を高速かつ低コストで処理したい場合には、モデル蒸留と呼ばれる手法を使い、大規模なAIの能力を用途を絞った小規模言語モデルへ移します。これにより、AIを迅速に導入しながら、業務によっては処理速度、運用費用、機密データの管理を改善できると楽天は説明しています。現在は楽天市場、楽天トラベル、楽天モバイルなどで11のAIエージェントが稼働しており、今後は50を超えるサービスへの展開が計画されています。楽天が強みとしているのは、利用者への提案から、その後の予約、購入、決済までをグループ内のサービスで完結させられることです。AIが「このホテルがおすすめです」と助言するだけではなく、空室を確認し、予約を受け付け、決済し、ポイントを付与するところまでつなげられます。この実行力が、単独のAIサービスにはない楽天エコシステムの特徴です。

第4の柱:ポイントをサービス間の接着剤にする
楽天の成長を支えているもう一つの重要な仕組みが、楽天ポイントやSPUなどのロイヤルティプログラムです。楽天ポイントは、単なる値引きや景品ではありません。楽天市場で買い物をした人が楽天カードを利用し、楽天銀行を引き落とし口座に設定し、楽天モバイルを契約するといった形で、複数のサービスを結び付ける役割を担っています。楽天が示した2025年のデータでは、ロイヤルティプログラムを利用しているユーザーは、利用していないユーザーと比べて平均4.6倍のサービスを利用しているとされています。さらに、モバイル、Eコマース、フィンテックという3つの領域を利用する顧客は、1つの領域だけを利用する顧客と比べ、年間収益が13.5倍になると説明されています。解約率にも大きな差があり、単一サービス利用者の解約率を100とした場合、4つ以上のサービスを利用するユーザーの解約率は1になると楽天は報告しています。複数のサービスを利用するほど楽天ポイントがたまりやすくなり、たまったポイントを別の楽天サービスで使う機会が増えます。利用が増えれば楽天が保有するデータも増え、それを使ってAIの提案を改善できます。提案の精度が上がれば、さらにサービス利用が増える可能性があります。楽天はこの循環を、成長を加速させる「フライホイール」と捉えています。

モバイルネットワークを「究極のセンサー」にする
楽天は、通信事業者が持つネットワークを、単なるデータの通り道としてではなく、利用者の状況をリアルタイムで捉える「究極のセンサー」として位置付けています。通信事業者は、利用者の位置や移動、アプリの利用状況、通信する時間帯、サービスの利用傾向など、日常生活に近い情報を扱っています。これらを適切に分析すれば、例えば旅行中の利用者に現地のサービスを提案したり、通信品質が低下した利用者に先回りしてサポートを案内したりすることが考えられます。もっとも、位置情報やアプリ利用状況を活用する場合には、利用目的の説明、本人の同意、データの安全な管理、プライバシーへの配慮が不可欠です。企業が技術的にデータを統合できることと、そのデータを無制限に使ってよいことは同じではありません。AIによる利便性を高めるほど、利用者がデータの使われ方を理解し、必要に応じて選択できる仕組みも重要になります。

私見と考察:楽天の戦略は他の通信事業者にも再現できるのか

ここまで見ると、楽天が示した4つの戦略は、通信業界全体に応用できる教科書のようにも見えます。しかし、楽天の仕組みを他の通信事業者がそのまま再現するのは簡単ではありません。楽天は、Eコマース、クレジットカード、銀行、証券、旅行、コンテンツ、ポイント、モバイル通信などを同じグループ内に持っています。さらに、それらを1つの楽天IDで結び付けてきました。一般的な通信事業者も、契約情報、料金の支払い状況、通信品質、問い合わせ履歴など、多くのデータを保有しています。ただし、楽天のように、日々の買い物、旅行予約、金融取引、ポイント利用までを横断して把握できる事業者は多くありません。したがって、「楽天と同じAIを導入する」「楽天と似たポイント制度を始める」だけでは、同じ結果は得られないでしょう。楽天の優位性は、最新のAIを導入したことだけではなく、AIが登場する以前から、長い時間をかけてサービス、ID、ポイント、決済、データ基盤を結び付けてきたことにあります。

数字は因果関係ではなく相関関係として読む必要がある
楽天が示したロイヤルティプログラムの数字は非常に印象的ですが、その解釈には注意も必要です。複数の楽天サービスを利用しているから、その顧客の年間収益が高くなったのか、それとも、もともと楽天への利用意向が強い顧客が、結果として多くのサービスを選んでいるのか。公表された数字だけでは、因果関係の方向までは判断できません。解約率についても同様です。楽天カード、楽天銀行、楽天モバイルなど、生活に関わる複数のサービスを利用している顧客は、乗り換えに手間がかかるため、解約しにくい可能性があります。ロイヤルティプログラムが顧客の行動を変えた効果と、もともと利用意向の高い顧客を囲いこんだ効果は、分けて考える必要があります。とはいえ、相関関係であったとしても、複数サービスの利用者ほど収益性が高く、解約しにくいというデータは、楽天にとって重要な経営指標です。問題は、表面的な数字だけを見て、他社が同じ制度を導入すれば同じ成果が得られると考えてしまうことでしょう。

外部AIとの提携と自社開発は、業務ごとの設計が重要
楽天は、外部の先進的なAIモデルと自社開発の小型AIを両立させる方針を示しています。この考え方自体は、現実的な選択肢です。ただし、実際の評価には、どの業務で外部モデルを使い、どの業務を自社モデルで処理しているのかを詳しく見る必要があります。外部モデルへ送信するデータの範囲、処理にかかる費用、回答速度、自社モデルの精度、システムの維持費などによって、最適な構成は変わります。「外部AIか自社AIか」という二者択一ではなく、業務の重要度、機密性、処理速度、費用に応じて使い分けることが重要です。楽天の事例から学ぶべきなのは、全てを自社開発することではありません。自社の競争力に直結するデータや業務はどこなのかを見極め、そこに重点的に技術と資金を投入する姿勢です。

他社にも応用できるのは「楽天経済圏」ではなく考える順番
楽天は講演の最後に、通信事業者が進むべき道として3つの考え方を示しています。1つ目は、モバイルネットワークをリアルタイムの顧客情報を捉えるセンサーとして活用することです。2つ目は、AIに何かをさせようとする前に、データを整理し、サービス間で利用できる基盤をつくることです。3つ目は、AIに提案させるだけでなく、予約、購入、決済などの実行まで一貫して担わせることです。その順番を楽天は、「ビジネスが第1、データが第2、技術が第3」と表現しています。この順番こそ、他の通信事業者にも応用しやすい教訓です。最初にAIの導入ありきで考えるのではなく、まず解決したい経営課題を決めます。次に、その課題を解決するために必要なデータを整理します。そのうえで、最後に適切なAIやシステムを選びます。この順番を逆にすると、目新しいAIは導入できても、収益の向上や顧客体験の改善につながらない可能性があります。

楽天をコピーするのではなく、自社固有の資産を探す
楽天の戦略は、通信事業者が単なる回線提供会社から脱却する1つの方向性を示しています。ただし、その中心にあるのはAIモデルではありません。長年蓄積した取引データ、複数のサービスを結ぶ共通ID、ポイントによる利用促進、予約や決済まで完了できる事業基盤です。これらを持たない企業が、楽天の仕組みを表面的にまねても、同じ成長の循環をつくることは難しいでしょう。一方で、楽天と同じ規模の経済圏を持っていなくても、自社にしかない顧客接点やデータは存在するはずです。地域とのつながり、店舗網、法人顧客との関係、通信品質の情報、サポート履歴、特定分野における専門性など、企業によって強みは異なります。重要なのは、楽天経済圏をコピーすることではありません。自社は顧客のどのような場面に関わっているのか。そこで得られるどのデータが、顧客の問題解決に役立つのか。AIを使うことで、提案だけでなく、どの行動まで完了させられるのか。こうした地味で本質的な問いから始めることが、楽天の華やかなAI戦略から得るべき最大の教訓ではないでしょうか。



From the Rakuten playbook: How telcos can leverage real-time data and ecosystems to supercharge growth
https://rakuten.today/blog/from-the-rakuten-playbook-how-telcos-can-leverage-real-time-data-and-ecosystems-to-supercharge-growth.html

How telcos can leverage real-time data, ecosystems to drive growthAt DTW Ignite ’26, Rakuten’s Head of AI Product shared what the company has learned from building and deploying AI agents across the Ecosystemrakuten.today