ルールを破ってテック帝国を築いた。三木谷浩史がCNBCで語った楽天の30年と、その先(前編)

インターネットが本物のビジネスになれると、誰も信じなかった時代に
1997年、楽天市場がスタートしたとき、その月の売上は約30万円だったといいます。しかも三木谷浩史会長兼CEOは「そのうち20万円分は自分で買った」と笑いながら振り返ります。実質的な外部売上はたったの10万円。今や年間売上高が6兆円を超えるグループの原点が、そこにあります。
2026年5月3日、CNBC「Managing Asia」でキャスターのクリスティン・タンとの対談に臨んだ三木谷氏は、楽天グループの30年近い歩みを率直に振り返りながら、AIと通信が牽引するこれからの戦略を力強く語りました。インタビューの全編は約15分。その言葉の密度は、経営者としての思想の深さを改めて感じさせるものでした。この記事は三木谷氏の武勇伝をまとめた記事ではありません。なぜ彼の無謀に見える決断が、15年後に正解へと変わるのか。その構造的な裏側を読み解きます。

「みんなが反対したから、やった」逆張りの哲学
三木谷氏のキャリアは、常に「時代の空気に逆らう決断」の連続でした。神戸出身の同氏は一橋大学を卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に就職し、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得しました。順風満帆な銀行マン人生を歩んでいたところに、1995年の阪神・淡路大震災が訪れます。故郷・神戸が壊滅的な打撃を受けるなかで、三木谷氏は「日本経済を再生したい」という強い動機を持ち、銀行を辞めて起業の道を選びました。楽天という社名は「楽観主義」を意味する日本語に由来します。そのネーミングは、単なるブランディングではなく、創業者の経営哲学そのものを体現していました。インターネットでビジネスが成立するとは誰も信じていなかった時代に、三木谷氏はその可能性を確信し、リソースを集中させました。ドットコムバブルが弾け、多くのネット企業が消えていったなかでも、楽天は生き残り、成長し続けました。

反対された物語の、その先を読む
三木谷氏のインタビューには、繰り返し登場するパターンがあります。「みんなが反対した」、「狂気だと言われた」、「バカげていると批判された」そして結果として、それが正しかったと証明された、という構造です。これは非常に魅力的な物語であり、経営者の伝記として読む分には痛快でもあります。しかし私はこの物語を額面通りに受け取ることには慎重でありたいと思っています。「全員が反対したのに押し通したら正解だった」という話は、成功したからこそCNBCのインタビューに呼ばれて語られます。でも世の中には「全員が反対したので押し通したら、やっぱり失敗した」という人も無数にいるはずで、その人たちはCNBCのインタビューには呼ばれません。だから「反対を押し切って成功した」という話を聞くと、まるで「反対を押し切ること」自体が正しい判断の証明のように見えてしまいますが、それは見えている情報が偏っているせいです。とはいえ、三木谷氏の決断が単なる「成功者の武勇伝の逆張り」と根本的に異なるのは、反対意見に対して論理的な反証を持っていたところです。「反対されたからやる」のではなく「なぜ反対されているかを理解した上で、それでも自分の分析を信じる」この違いは、経営判断の質として決定的に重要です。感情的な逆張りではなく、構造的な読み解きがあった。だからこそ楽天は、単なるギャンブラーではなく、戦略家の系譜に属するのだと思います。

「英語を公用語にするなんてバカげている」批判を浴びたEnglishnization
逆張りの決断はそれだけではありません。2010年、三木谷氏は社内の公用語を英語にすることを宣言しました。従業員に2年以内の英語習得を求めるこの決定は、ビジネス界に衝撃を与え、他の経営者からは「バカげている」とすら言われました。しかし三木谷氏が提唱した「Englishnization(イングリッシュナイゼーション)」の発想は明確でした。グローバルで通用する組織になるためには、共通言語が不可欠だという信念です。この決断は今、別の文脈でも大きな意味を持ちはじめています。英語を組織の共通言語にしたことで、楽天は世界中からAIエンジニアを採用できるようになりました。「うちに来て、より良いショッピング体験をAIで作りたいという人がいる。成果が手に触れるように実感できる。うちはそういう人たちのための”遊び場”だ。優秀な人材を惹きつけるための環境づくりは非常に重要だ」と三木谷氏は語っています。

Englishnizationは「グローバル化」ではなく「生存戦略」だった
私がこの決断を振り返るとき、その本質は「グローバル化のための英語化」ではなく「組織の認知限界を突破するための手段」だったのではないかと感じます。日本語だけで運営される組織は、どれだけ優秀でも、採用できる人材の母集団が日本語話者に限定されます。これは地理的な制約ではなく、知的多様性の制約です。単一言語の組織は、どうしても同質的な思考パターンに収束しやすくなります。三木谷氏がEnglishnizationを発表した2010年は、楽天がまだ主に国内Eコマース企業だった時代です。その段階で、将来のAI人材争奪戦を見越して組織を英語化していたとすれば、それは驚異的な先読みということになります。しかし実際には、そこまで計算していなかったはずです。むしろ私が注目するのは、意図せざる帰結としての恩恵です。当時は批判された決断が、15年後の今「世界中のAIエンジニアを採用できる環境」として明らかに機能しています。これは計画の正確さではなく、決断の「射程の長さ」が生んだ幸運と言えるかもしれません。ただし同時に考えたいのは、Englishnizationが実行できた理由です。日本の多くの企業が英語公用語化を試みながら、形骸化したり途中で断念したりしてきました。楽天がそれを実行し続けられたのは、英語を使うことで実際にビジネス上のメリットが生まれる構造。つまり、国際的な事業展開や外国人幹部の積極登用が同時に進んでいたからではないでしょうか。Englishnizationは原因であると同時に、グローバル展開という結果の伴走者でもあったのです。言語政策と事業戦略が互いを支え合うことで、はじめて本物の変革になった。そう理解すると、この決断の深みが少し違って見えてきます。

参照:CNBC「Managing Asia」2026年5月3日配信/「How Rakuten Built a Tech Empire by Breaking the Rules」(インタビュアー:Christine Tan)
How Rakuten built a tech empire by breaking the rules
https://www.cnbc.com/video/2026/05/03/managing-asia-rakuten.html

How Rakuten built a tech empire by breaking the rulesRakuten founder Mickey Mikitani reflects on building one of Japan’s most influential tech companies — and why he continues to make bold bets on telecom, AI and global growth.www.cnbc.com

https://youtu.be/Fzar4vb03TI
動画の説明:楽天は、インターネットが実際のビジネスとして成立すると信じる人がほとんどいなかった時代に、オンラインマーケットプレイスとして産声を上げました。それから約30年。現在では、EC、フィンテック、通信、デジタルサービスを網羅し、日本を代表するテック企業へと成長を遂げています。『Managing Asia』の今回のエピソードでは、創業者の三木谷浩史会長兼社長が、楽天の成長を形作った決断の数々を振り返ります。インターネットの可能性に対する初期の確信から、社内公用語の英語化の推進、そして日本の既存の携帯キャリアに挑む覚悟まで、その裏側を語ります。また、なぜ今、楽天が人工知能(AI)に注力しているのか、長期的な投資に対してどのようなアプローチをとっているのか、そして日本の起業家精神の未来において楽天がどのような存在でありたいと考えているのか、そのビジョンを共有します。