
Open RAN市場はどう変わる?Airspanがもたらす3つのパラダイムシフト
近年、モバイルネットワークキャリア(MNO)の無線アクセスネットワーク(RAN)に対する意識は、劇的な変化を遂げています。わずか2年前には「Open RANは本当に機能するのか?」という性能への疑問がささやかれ、昨年は「大規模な拡張(スケール)ができるのか?」が議論の中心でした。
しかし、現在それらの疑問は過去のものとなり、市場の関心は「いかに迅速に展開できるか」という実用フェーズへと完全に移行しています。
先日、バルセロナで開催されたMWCにて、楽天シンフォニーのシェヘルヤール・ハクワニ(Sheheryar Khakwani)氏と、Airspan Networksのジョブ・ベンソン(Job Benson)氏による対談が行われました。数年間にわたる実証実験を経て、Open RANの生存能力や拡張性、そして展開スピードが実証された今、無線市場にはどのような変化が起きているのでしょうか。ベンソン氏が語った3つの重要な要点から、次世代無線市場の未来を紐解きます。
動画の説明:Airspan Networks社のジョブ・ベンソン氏は、楽天シンフォニーのシェヘルヤール・ハクワニ氏との対談の中で、業界におけるOpen RANの継続的な進化、O-RAN準拠無線機への新しいAI機能導入、6Gへの道筋について語っています。
既存ベンダーに匹敵する高性能・低コストの実現
Open RANが市場に広く受け入れられるための第一関門は、従来のレガシーな大手通信機器ベンダーの無線機と同等以上のパフォーマンスを発揮することでした。Airspan社が昨年リリースした新世代プラットフォームでは、汎用シリコン(マーチャントシリコン)と極めて高効率なパワーアンプ(高出力増幅器)の組み合わせを採用しています。これにより、以下のような進化を遂げました。
優れたSWaP-Eの達成:無線プラットフォームの小型化、軽量化、省電力化(Size/Weight/Power/Energy)を高い次元で実現しています。
量産効果によるコストダウン:この効率的なプラットフォームを大容量で製造できる規模に達したことで、製造コストを大幅に抑えることに成功しました。
性能面での妥協をなくしつつ、コストメリットを打ち出せるようになったことが、Open RAN普及の大きな推進力となっています。
無線機自体が空間を感知するISACの統合
次なる大きな変化は、無線機に「空間を感知する能力」が加わる点です。Airspan社では、ISAC(Integrated Sensing and Communication:通信・センシング融合技術)を無線機に直接組みこむ取り組みを進めています。これには、無線機に搭載されたAIベースのインテリジェンスが活用されています。
RF(電波)スペクトラムの監視:周囲の電波状況を常にスキャンします。
異常や物体の検知:特徴的な電波のシグネチャーを識別することで、電波干渉の発生源だけでなく、上空のドローンやその他の動体物までも検知することが可能です。
これらにより、無線機は単にデータを送受信するだけの存在から、周囲の環境をリアルタイムに把握するセンサーへと進化を遂げています。
無線機のエッジで処理を行うAIインフェレンシングと6Gへの道
今後、最も注目されるのは、無線機そのものが直接AI推論(インフェレンシング)を行うアーキテクチャへの移行です。中央のサーバーにデータを送って処理するのではなく、無線機という「エッジ」の現場でAIを働かせることで、より高度な制御が可能になります。具体的には、次のような領域でAIの活躍が期待されています。
高精度なRFセンシング:空間・電波感知の精度をさらに高めます。
インテリジェンスなエネルギー管理:トラフィックに応じて無線機自体の電力を最適化し、劇的な省エネを実現します。
AIベースの性能最適化:通信環境の変化に合わせ、無線機自身がリアルタイムにパフォーマンスをチューニングします。
これらの無線機内AIの進化は、単なる5Gの高度化に留まりません。ベンソン氏が指摘するように、これらは全て6G(第6世代移動通信システム)へ至る道筋における、極めて重要なステップとなっています。
実用化から、その先の未来へ
動くかどうかの検証フェーズを終え、いかに速く導入するかという実践フェーズに突入したOpen RAN。Airspanをはじめとするリーディングカンパニーの技術革新により、無線機はより安価で高性能になり、さらにはAIやセンシング技術を内包したインテリジェントなデバイスへと変貌を遂げつつあります。Open RANがもたらすこのオープンでスマートなエコシステムは、これからのモバイルネットワークのあり方を根本から塗り替えていくことになるでしょう。

私見と考察:実用化の壁を越えたOpen RAN:AIとセンシングの融合がもたらす通信ビジネスのパラダイムシフト
通信業界において、長年「理想論」や「コスト削減のための選択肢」として語られがちだったOpen RAN(オープンな無線アクセスネットワーク)は、いまや完全に新しい技術インフラとしての市民権を得たと言えます。Airspan社のジョブ・ベンソン氏と楽天シンフォニーのシェヘルヤール・ハクワニ氏の対談は、Open RANが単に既存のレガシーシステムを置き換えるものから、レガシーシステムでは実現しにくかった価値を生み出すプラットフォームへと進化している事実を雄弁に物語っています。
コモディティ化の罠を突破した、Open RAN無線機の経済学
対談の中で最も現実的、かつ重要な進歩として挙げられているのが、汎用シリコンと高効率パワーアンプの組み合わせによる、サイズ、重量、電力、効率の最適化とコストダウンです。従来のレガシーな通信機器ベンダーは、専用の特定用途向け集積回路を自社開発し、ハードウェアとソフトウェアを垂直統合することで圧倒的な高性能を維持してきました。Open RANの初期において性能や電力効率が追いつかないと言われていたのは、汎用チップの処理能力が専用チップに及ばなかったからです。しかし、現在の半導体進化とAirspan社のようなベンダーの設計ノウハウの蓄積は、この力関係を逆転させつつあります。汎用シリコンの性能が通信用途に十分なレベルに達したことで、通信機器ベンダーは巨額の半導体開発投資から解放され、より機動的なハードウェア開発が可能になりました。ここで重要なのは、このコストダウンが単なる買い叩きではなく、量産効果による構造的なコストダウンである点です。性能やサイズ、電力効率においてレガシー製品と同等かそれ以上になった瞬間、モバイル通信事業者にとって特定企業への依存を受け入れる理由の一部が弱まります。これにより、無線市場はハードウェアのスペック競争から、どれだけ柔軟に、素早くネットワークを構築して運用できるかという、ソフトウェアと運用の競争へと重心が移りつつあります
ISAC(通信・センシング融合)がもたらす「無線基地局の不動産価値」の再定義
Airspan社が無線機に直接統合を進めているというISAC(通信・センシング融合技術)は、今後の通信事業者のビジネスモデルを根本から変える、最大のポテンシャルを秘めた技術です。従来の基地局の主な役割は、通信エリアと容量を提供することでした。スマートフォンやIoTデバイスへ電波を届けるというデータ通信の提供のみを行い、単一の価値しか生まない存在だったのです。しかし、ISAC統合型の次世代基地局へと進化することで、その役割は多層化します。これまでのデータ通信の提供に加え、新たに空間センシングというレーダー機能が無線機自体に備わることになります。これにより、通信エリアの確保と同時に、周辺のドローン検知や交通量の把握、さらには高度な防犯までもが一つの設備で実現できるようになります。これまで、モバイル通信事業者にとって基地局の設置場所は、莫大な賃料と電気代を消費するコストセンターでした。しかし、無線機そのものがAI駆動のレーダーとして機能し、周囲の空間をスキャンできるようになると、その意味合いは180度変わります。たとえば、低空を飛行するドローンの位置をリアルタイムに正確に把握するドローン管制インフラとしての活用や、カメラを設置せずとも電波の反射シグネチャーだけで交差点の混雑状況や歩行者の動きを検知するスマートシティの交通センサーとしての活用が可能になります。さらに、視界の悪い夜間や悪天候時でも、侵入者や電波干渉の予兆を察知する重要施設のセキュリティとしても機能します。つまり、通信事業者は単にデータ通信量を売るビジネスから、現実空間を仮想再現したリアルタイムの空間デジタルツインデータを他業界に切り売りするビジネスへ進出できるようになるかもしれません。Open RANのオープンな思想だからこそ、こうしたセンシングデータを外部のアプリケーションと連携させることが容易になるのです。プライバシー、データ所有権、規制、精度保証などの課題もあり、まだまだ実現には時間がかかりそうですが、技術的には可能です。
エッジAI(無線機内推論)の必然性と、6Gへの本当のカウントダウン
ベンソン氏が語る、無線機そのものにAI推論を行わせるというロードマップは、通信ネットワークの構造的な限界を解決するための必然の帰結です。5Gや次世代の6Gにおいて、通信の制御は1000分の1秒以下という超低遅延で処理される必要があります。例えば、電波の状態が急激に変化した時、そのデータを中央のコアネットワークやクラウドにあるAIに送り、判断を仰いでから無線機の設定を変更していては到底間に合いません。無線機そのものというエッジの最先端にインテリジェンスを持たせ、その場で電波干渉の回避や、電波を特定の端末に向けるビームフォーミングの最適化を自律的に行わせることで、初めて超低遅延で超高信頼の通信が成立します。また、通信業界における最大の頭痛の種の一つが、消費電力の爆発的な増加です。5G、そして6Gへと進化し、扱う周波数帯が高くなるほど必要な基地局の数は増え、電力消費は膨れ上がります。無線機内のAIがトラフィックの変動を予測し、使われていないアンテナ素子をミリ秒、あるいはより細かな単位でスリープさせるような、超高精度な動的省電力制御を行えるかどうかは、通信事業者の経営や地球規模のサステナビリティの観点からも、あれば便利な機能ではなく、必須の生存戦略だと思います。
Open RANは6Gへの有力な選択肢になる可能性
一部の保守的な通信関係者は、いまなおOpen RANを5Gの一過性のトレンドとして片付けようとする傾向があります。しかし、本対談で語られた技術トレンドを俯瞰すると、私の結論は真逆です。Open RANの構造を採用することは、6Gの要求スペックを満たすことの有力な実装アプローチになりえます。6Gが目指す世界は、単に5Gより通信速度が速い世界ではありません。通信、計算、感知が完全に融合した世界です。このような複雑怪奇なシステムを、単一のベンダーが作るブラックボックスな密結合システムで構築しようとすれば、コストも開発スピードも破綻をきたすのではないでしょうか。オープンなインターフェースを前提とし、半導体、AIアルゴリズム、センシング技術、無線ハードウェアを、それぞれ世界最高峰のプレイヤーから調達して組み合わせるOpen RANのエコシステムこそが、6Gを実現するための有効な解決策となりそうです。Airspan社が示したロードマップは、Open RANが既存ベンダーの安価な代替品というフェーズを完全に脱し、次世代のデジタル社会の神経網を定義する主役に躍り出たことを明確に示しています。
Three takeaways: What’s changing in the Open RAN radio market with Airspan
https://symphony.rakuten.com/blog/three-takeaways-whats-changing-in-the-open-ran-radio-market-with-airspan
