9月27日

旅行の初日。朝起きて、一昨日の筋肉痛がまだ続く。

今回の旅行は、ほとんどが雨予報。雨の方がちょうどいい。選択肢が限られて諦めもつくというものだ。公園や庭園、港や瀬戸内海のクルーズ、見晴らしのいい場所などは選択肢に入れなくとも良くなった。結果的にのんびりできる。自分の心も雨模様だから、ちょうどいい。むしろ晴れは望んでいない。世界中で雨が降ればいい。

新幹線で東京から広島。楽天KOBOで買っていたマリオ・バルガス・リョサの「世界終末戦争」の上巻をスマホで読み始めた。何年も前に「緑の家」を読んで、その登場人物に寄り添う語りと物語と個性的な人々の群像劇に感銘を受けていたので、いつか読んでみたかった。ブラジルの19世紀末のカヌードスの乱を題材にした大長編小説。2025年刊行の岩波文庫版(全2巻)。上巻が560ページ、下巻が594ページで、合計1154ページである。それでもスラスラ読めてしまうのはすごい。執筆当初は映画のための小説として書かれていたようだ。個性的すぎる登場人物が、それぞれの価値観を胸にのたうち回るように生きる。

駅弁で松茸弁当を食べた。妻が選んでくれた。松茸の風味が効いてて、おかずも美味しい。素晴らしいチョイスだった。妻の弁当選びのレベルはいつも高い。趣味で書いているSF小説「極限分散演算都市」に食事シーンがないことに気づき、いくつか付け足した。全19章で、今年から書き始めて、すでに最初から最後まで書けていて、ちょこちょこ直している状況。第1章が13000文字。会話ごとに改行してるので、文庫本換算だと400ページは越えている。こんな小説、誰が読むんだろう。まあ、いいか。自分で読めば読むほど、直せば直すほどに、どんどん良くなるし、滑らかになるので、この修正作業は楽しい。お金のかからない趣味であることはたしかである。私はその身に不幸が起きた方が、執筆が捗る。たぶん、現実逃避ややり場のないストレスのはけ口が小説執筆に繋がっている。内容はともかく、今年はたくさん書けた気がする。

広島は二度目。15年前に知り合いの展示を見に一人旅で2泊して以来だ。そのころはまだ若かったので路面電車をほとんど使わず歩いて広島を回った。

東京に10:12発、広島に14:02着。ホテルグランヴィア広島。大雨だが、広島駅と直結している。すぐに到着。2人のスタッフがキャリーバッグを部屋に持って来てくれて、丁寧に部屋の設備を説明してくれる。とはいえ、さほど素晴らしくもない。朝食とラウンジでの軽食付きで一泊一人5万円だが、「川久のほうが良かった」と着いて早々に妻が言う。古き良き南紀白浜のホテルと広島駅直結のホテルと、そもそもホテルとしての役割や立ち位置が違うのではないかと思うが、たしかに、言われてみればそんな気分にもなってくる。広島に来たところで特に行きたいところもない。何もしないのを楽しみたかったので予定はまるで決めてない。

意外に疲れてなかったので広島市現代美術館に行くことにした。強い雨が降り、あそこは路面電車から坂道を登る必要になるので迷わずタクシーに乗る。タクシーの運ちゃんは地下鉄がないのが不満のようで、路面電車を嫌っていた。タクシーの運転で路面電車は邪魔になるようだ。

メル・チンというアーティストの個展が行われていた。全く知らない。アートの前に、政治思想が強い。創作活動の出発点に、政治がある。この、あからさますぎる政治色を妻は嫌っていた。私は「これはこれで素晴らしい」と思った。人それぞれだ。それでよかろう。

いくつか興味深いメル・チンの活動があった。一つは、リバイバル・フィールド。汚染された土壌を、重金属を集積できる植物を用いて浄化していくプロジェクト。「超集積植物(ハイパーアキュムレーター)」という言葉を初めて知った。もう一つは、ファンドレッド・ドル札プロジェクト。ニューオーリンズを訪れたメル・チンは、現地で子供たちの健康を脅かす深刻な土壌の鉛汚染の存在を知りました。そこで、全米各地の学校や子どもたちに呼びかけ、手描きの架空の「100ドル札(ファンドレッド)」を制作・収集した。子どもたちが描いた100ドル札を総額3億ドル相当分集め、それを車に積んでワシントンの連邦議会へと届け、鉛中毒対策のための予算拠出や政策対応を強く求めた。この展覧会にも100ドル札をかけるスペースが設置されて、妻は可愛いライオンの絵を描いた。

「嘘のかたち」という作品。壁に舌。壁の裏側には嘘をつく身体の構造が表現されているようだ。あまり政治色は少なく、ユーモアを感じた。私は、作品を眺めながら「生きている限り、悩みや葛藤や強がりや欲望を抱えて生きていくのだろうなあ。平穏が訪れずに考え続けるのだろうなあ」と鏡に映る自分を見たような気がした。

「招待」という作品。「はだしのゲン」の作者の中沢啓治のオマージュとして作成された。原爆をイメージした太鼓の上に立つのは中沢啓治の少年時代の姿。戦争開始の太鼓を打たせないように「共に立とう」と私たちに呼びかけている。リトルボーイがリトルボーイを止める。この発想は素晴らしいと思う。現実でも、原爆ドームの永久保存が決定した背景には、小・中・高校生たちによる署名・募金運動が大きく貢献している。1歳で被爆し、白血病のため16歳で亡くなった楮山ヒロ子さんの日記がきっかけとなり、小中高生たちで作る「広島折鶴の会」が、原爆ドームの保存を求める署名と募金活動を開始。世論のうねりにつながった。「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも恐るべき原爆を後世にうったえてくれるだろう」、「目から消えるものは心からも消える」と彼女は書いている。

「カロライナの亀(ヒルビリーの鎧)」という作品。十分な装備を与えられず過酷な戦場に駆り出された兵士たちの現実と、国家の非情さを批判的に表現しているようだ。立体コラージュとしても素晴らしい。もしも、他の展覧会で、背景説明や解説文もない状態で、さまざまな他者の作品に混ざって展示されていたとしても、私はこの作品を気にいると思う。

新たな世界の見方に触れることができたので、少し気分が楽になる。雨の中、しっかりと写真も撮れた。ここに来て良かった。

帰りは路面電車で帰ろうとしたが、逆側の道を降りたようで、バスで帰ることになった。バスの後方は小学生の集団で埋まり、とても混んでいた。妻は疲れ切っていた。帰りもタクシーにするべきだった。初日から厳しかったようだ。

広島に来たのだから、広島焼きを食べたいと妻が言う。食べないで帰るのも一つの生き方だが、初日なので妻の言うことを聞く。日曜日の夜の駅前は混んでいた。みっちゃんか、電光石火か、どちらも長い行列である。みっちゃんの隣のいっちゃんでも良さそうだが、みっちゃんと同じくとても混んでいた。よくよく考えてみたら、みっちゃんも電光石火も東京にも店があるので行こうと思えばすぐ行ける。電光石火の行列が急に減ってきたので迷わず並ぶ。私はキングオブルーキー(肉ダブル・玉子・そば・ホルモン・激辛ソース・一味)にホルモントッピング。メニューには「パンチの効きはハンパなし!ルーキーだからと侮るなかれ!」と書かれてあり楽しみだったが普通の味だった。メガサイズのミカンサワーで流しこむのが至福のひと時だった。ついでにメガハイボールも頼んだ。世界は平和である。妻は看板メニューの電光石火(肉・玉子ダブル・そば・イカ天・大葉・ネギかけ)を頼み、私が半分いただく。メニューには「This is THE 電光石火!この柔らかさをご賞味あれ!」と書かれている。大葉とネギが効いててサッパリしててとても美味しい。個性的な爽やかさである。キングオブルーキーの10倍くらい美味しい。

ホテルに帰り最上階のラウンジへ。土砂降りの雨の広島駅を見下ろしながら、飲み放題、食べ放題である。他に客は、1組か2組。静かにビールを飲み、シャインマスカットを食べる。

7678歩歩いた。ゆっくり過ごす予定だったが、わりと歩いてしまった。