楽天グループ三木谷氏、MWC 2026でモバイル×エコシステムという独自の戦略モデルを世界に発信

エコシステム戦略で次世代モバイルビジネスを再定義

2026年2月、スペイン・バルセロナで開催されたMobile World Congress(MWC)2026において、楽天グループ代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏がオープニング基調講演に登壇しました。三木谷氏は、通信業界が抱える構造的な課題を率直に指摘しつつ、楽天が歩んできた「モバイル×エコシステム」という独自の戦略モデルを世界に向けて発信しました。その内容は、キャリアビジネスの未来像を問い直す鋭い提言として、業界内外から大きな注目を集めています。

通信業界は「間違った方向」に進んでいる

三木谷氏は講演の冒頭、業界に対して挑発的とも言える問題提起から始めました。「モバイルビジネスは間違った方向に進んでいる。接続性は非常に重要だが、業界は罠にはまっている。垂直統合的で古く、モバイルネットワークが何たるかを再定義する必要がある」と語りました。

世界最大級の通信業界イベントの初日に、これほど率直な自己批判を発信する経営者は珍しいといえます。三木谷氏が強調したのは、既存の通信キャリアが長年にわたってハードウェア依存のビジネスモデルに縛られ、イノベーションの余地を失ってきたという現実です。

「楽天モバイルを始めると決めたとき、誰もが私を狂人扱いした。なぜそんな莫大な投資が必要な分野に参入するのか、と。しかし私は、今こそ変革が必要だと感じていた」と同氏は述懐しています。その確信が、2020年の楽天モバイル正式サービス開始へとつながりました。

Open RANと完全仮想化ソフトウェアネットワーク

楽天モバイルが業界に対してもたらした最大の変革は、Open RAN技術への全面的なベットと、ネットワークの完全仮想化です。三木谷氏は「当時としては非常にアグレッシブなアイデアだった」と振り返りながら、「今日、私たちはおそらく世界最大の、完全仮想化されたソフトウェアベースのネットワークを運営している」と述べました。

楽天モバイルは、全国に10万局超の基地局を自社で3年以内に構築しました。従来型の通信キャリアが大手ベンダーのプロプライエタリ機器に依存してきたのに対し、楽天はオープンなインターフェースと標準化されたハードウェアを組み合わせ、ソフトウェアでネットワーク全体を制御する構造を採用しています。この手法は、設備投資コストの抜本的な削減と、機動的な機能アップデートを可能にするものです。

三木谷氏はこの技術的転換を、単なるコスト効率化の話として語りませんでした。それは業界全体の「停滞からの脱出」のための根本的な条件として位置づけられており、通信インフラをハードウェアの集合体ではなく、潜在価値を秘めた資産として再評価することを業界プレーヤーに強く促しました。

モバイルをエコシステムの「橋」として設計する発想の転換

講演の中核にあったのは、楽天がモバイル事業をどのように位置づけてきたかという哲学的な問いです。三木谷氏は「多くの通信会社は、モバイルサービスの上にエコシステムを構築しようとする。私たちは逆の順序を選んだ」と明言しました。

楽天はすでに、EC(楽天市場)、旅行(楽天トラベル)、銀行(楽天銀行)、クレジットカード(楽天カード)、証券(楽天証券)、保険など国内70以上のサービスを展開しており、会員基盤の構築を先行させてきました。モバイルはその後から加わり、既存のエコシステムを「橋でつなぐ」役割を担っています。

この戦略の効果は数字に現れています。楽天エコシステムの既存ユーザーが楽天モバイルに加入すると、加入前と比較してサービス利用数が2.43倍に増加するといいます。楽天市場での購買は約50%増、楽天トラベルの利用は約20%増、クレジットカードの利用は約30%増となりました。三木谷氏は「接続性を手に入れることで、ブランドの『ブレインシェア(脳内占有率)』が確実に高まる」と表現しています。

「ゴールドマイン」としてのデータ:年3兆件のトランザクションが生む価値

三木谷氏が繰り返し強調したのが、通信キャリアが保有するデータの価値です。「あなた方は金鉱の上に座っている」と業界に語りかけ、「実際、あなた方は大手ハイパースケーラーをも上回るデータを持っているかもしれない。ユーザーのあらゆる行動を把握しているのだから」と述べました。

楽天グループは現在、月間4,500万人以上のユーザーが何らかのトランザクション(購買・予約・決済など)を行っており、モバイル会員1,000万人を含む70以上のサービスを横断した年間3兆件以上のデータポイントを蓄積しています。同氏はこのデータを活用してユーザー体験のパーソナライズに取り組む独自の大規模言語モデルを開発しており、広告収益の拡大にもつなげていると述べました。「データが私たちの金鉱であり、いかに活用するかが鍵だ」と語っています。

Rakuten Symphony:エコシステムモデルの「輸出」へ

三木谷氏が講演の最後に提示したのが、Rakuten Symphonyによる通信業界変革の「水平展開」です。Rakuten Symphonyは、楽天モバイルが構築したオープンネットワーク技術、エコシステム設計のノウハウ、ポイントプログラム、ソーシャルメッセージングプラットフォームなどをパッケージ化し、他の通信事業者に提供する事業体です。

「私は通信業界が変わる時が来たと心から信じている。単なる回線提供から、豊かなコンシューマーサービスを提供するエコシステムへの転換だ。もし通信サービスをエコシステムに変えることができれば、それはビジネスにとって計り知れないプラスになる」と語り、同業他社への変革参画を促しました。

最後に三木谷氏は楽天モバイルのネットワーク構築の軌跡を振り返り、「3年以内に10万局超の基地局を自力で建設できた。それは完全仮想化ネットワークへの賭けによって実現した。今、私たちはビジネスモデル全体の再構築に取り組んでいる。Rakuten Symphonyを通じて、皆さんも同じことができるよう支援したい」と締めくくりました。

私見と考察:通信キャリアの役割を問い直す

今回の基調講演が持つ意義を一言で表すならば、「通信キャリアの役割を問い直す知的挑発」だったといえるでしょう。三木谷氏の発言は、自社の成功体験を語るにとどまらず、業界全体のパラダイム転換を促す構造的な批判として組み立てられていました。

注目すべきは、「モバイルをエコシステムの橋として設計した」という発想の順序性です。多くの通信キャリアが、まず回線事業を確立してから付加サービスを積み上げる「縦積み型」を採用してきたのに対し、楽天はECや金融サービスで育てた会員基盤を先に持ち、そこにモバイルを差し込む「横串型」を選択しました。この逆転の発想が、加入後のLTV(顧客生涯価値)の劇的な改善につながっていることは、2.43倍というエンゲージメント乗数が如実に示しています。

また、年3兆件のデータポイントという数字は、楽天がすでに単なる通信会社ではなく、データプラットフォーム企業へと変態しつつあることを示唆しています。大手ハイパースケーラーへの対抗軸として、「通信を持つプラットフォーマー」という新しいカテゴリが生まれつつある点は、業界の競争地図を塗り替える可能性を秘めています。

一方で、課題もあります。楽天モバイルはまだ国内での収益化フェーズを完全に抜け出していません。エコシステム乗数が高い利用者像は、楽天サービスのヘビーユーザーという特定層に偏りがちです。Rakuten Symphonyが他の通信事業者にこのモデルを輸出しようとする場合、既存のエコシステムを持たないキャリアがどこまで恩恵を得られるかは、慎重に検証する必要があるでしょう。

とはいえ、「通信インフラをコストセンターではなくデータと接続性の資産として再評価する」という三木谷氏のメッセージは、世界の通信業界が長年抱えてきたARPU(契約者1人あたりの月間収益)低下という構造的停滞への、一つの本質的な答えとして受け止められるべきではないでしょうか。今後、Rakuten Symphonyを通じたグローバル展開がどこまで進むか、引き続き注目していきたいと思います。

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