ローカル5Gは企業ネットワークの未来か:楽天シンフォニーの挑戦

2026年のMWC(モバイル・ワールド・コングレス)において、プライベート5Gの現状と企業導入における課題を議論するパネルディスカッションが開催されました。司会を務めたのは楽天シンフォニーのパートナーおよびポートフォリオ担当シニアバイスプレジデント、Sheheryar Khakwani氏。登壇者にはCiscoのBob Everson氏、AirspanのJob Benson氏、LIONS Technologies CEOのAnju Day氏、CapgeminiのArnab Das氏という、業界を代表する4名の専門家が名を連ねました。企業ネットワークの未来を担う技術として期待されるプライベート5Gは、現時点でその期待に応えられているのでしょうか。

動画の説明:楽天シンフォニーの顧客やパートナーが楽天ブースのステージに登壇し、プライベート5G(ローカル5G)が大規模な展開において具体的なメリットを示している、さまざまな業界の導入事例について議論します。
また、パネリストたちは、プライベート5Gの導入における「プロジェクト・マインドセット(個別案件志向)」から「プロダクト・マインドセット(製品・サービス志向)」への転換についても意見を交わします。これは、単なるネットワークの設計や計画の枠を超えて考えることを意味しており、収益化の機会を広げ、5Gの普及・拡大を加速させることにつながります。


ROIが生まれる条件とは
パネルディスカッションで最初に取り上げられた論点は、投資対効果(ROI)の問題です。プライベート5Gの概念実証(PoC)から得られた知見として、ROIが最も高くなるのは「明確なビジネス目標を持った組織」であることが指摘されました。目的が曖昧なまま導入した企業では、それほど大きな効果が得られなかったといいます。

また、ROIを最大化するもう一つの鍵として挙げられたのが、ITとOT(オペレーショナル・テクノロジー)の双方を支えるネットワーク設計です。Ciscoのヴェン氏は「成功するためには、ITとOTの両面から取り組む必要がある」と語りました。多くの組織でITとOTは別々の管理体制に置かれていて、統合は容易ではありません。しかし、両領域をカバーする形でネットワークを展開した企業ほど、高いROIを実現しているようです。

さらにCapgeminiのDas氏は、プライベート5G、スモールセルのコンピューティングおよびネットワークアーキテクチャの進化に注目しました。最新のスモールセル設計では、3GPPワークロードと同一インフラ上に企業アプリケーションを同居させることが可能となっており、アセットトラッキング、侵入検知、ジオフェンシング、生成AI系ユースケースなど、幅広い業務アプリケーションを5Gネットワーク上で直接実行できるようになっています。「これによって、プライベート5Gネットワークの価値はさらに高まる」とDas氏は語りました。


Wi-Fiとの共存という現実解
「企業はWi-Fiを使うのをやめるべきか」という問いに対して、パネリストたちの答えは明確でした。プライベート5Gは決定論的データフロー(deterministic data flows)の面でWi-Fiを凌駕しますが、だからといって両者は排他的な関係にあるわけではありません。

AirspanのBenson氏は、ある鉄道事業者の導入事例を紹介しました。この事業者は、クリティカルな通信には5Gを、動画配信など非クリティカルなデータには引き続きWi-Fiを活用するハイブリッド構成を採用しています。「両者は共存できる。ただし、決定論的で重要度の高い通信においては、5Gがファーストチョイスになる」とBenson氏は述べました。


製造現場における電波環境の壁
製造業はプライベート5Gの主要なターゲット市場の一つです。しかし、現実の製造フロアには金属構造物、可動機械、搬送車(ATV・AMR)、電磁ノイズ(EMI)など、電波環境を著しく悪化させる要因が多数存在します。

パネルディスカッションでは、このような干渉が主にピーク速度とレイテンシに影響を与えることが指摘されました。ただし、多くの製造業者にとってより重要なのは最大速度ではなく、業務成果に直結する「予測可能なパフォーマンス」です。ワークフローの加速、スムーズなハンドオーバー、作業者と設備の安全確保。これらを安定的に支えることこそ、プライベート5Gの強みが発揮される領域です。

LIONS TechnologiesのDay氏は「顧客が求めているのは予測可能なパフォーマンスだ。製造フロアにおいて、それがいかに重要かは計り知れない。なぜなら彼らはネットワーク指標をビジネス成果と結びつけたいからだ」と力説しました。

プライベート5Gは「今」を生きている
パネルを締めくくるにあたり、司会のKhakwani氏はプライベート5Gの可能性について楽観的な展望を示しました。今回の議論が浮き彫りにしたのは、プライベート5Gが将来の技術ではなく、すでに具体的な成果を生み出し始めているという事実です。明確な目的設定、ITとOTの統合、アーキテクチャの継続的な進化。この3つの条件が揃ったとき、プライベート5Gは企業ネットワークにおける変革の核となり得ます。Wi-Fiとの競合ではなく補完という視点も含め、プライベート5Gを取り巻く議論は着実に成熟の段階へと進んでいます。​​

私見と考察:ROIの問いは、問い方が間違っているかもしれない

プライベート5Gとは何か
プライベート5G(ローカル5G)とは、特定の企業や施設が自社専用に構築・運用する5Gネットワークのことです。通信キャリアが不特定多数のユーザーに提供するパブリック5Gとは異なり、工場、倉庫、港湾、病院、空港といった特定のエリア内でのみ機能するネットワークを、利用者自身が設計・制御します。

技術的に言えば、プライベート5Gは専用の周波数帯(多くの国でローカル5G用に解放されたミリ波や準ミリ波帯域)と、専用のコアネットワーク・無線アクセスネットワーク(RAN)を組み合わせた構成をとります。インターネットとの接続を最小限に絞り、閉域ネットワークとして運用することも可能であり、外部のサイバー攻撃にさらされるリスクを大幅に低減できます。

Wi-Fiとの違いは何かと問われれば、一言でいえば「確実性」です。Wi-Fiはベストエフォート型、つまり「できる限り頑張る」方式の通信です。電波干渉や同時接続数の増加によってパフォーマンスが劣化することは避けられません。一方、5Gは「スライシング」と呼ばれる技術により、特定のアプリケーションに帯域と遅延を保証する決定論的な通信が可能です。ロボットアームが0.1秒の遅延すら許容できない製造ラインや、救急搬送中の患者データをリアルタイムで送信する医療現場において、この差は致命的な意味を持ちます。


プライベート5Gの主なメリット

低遅延・高信頼性
5Gの最大の特性は、遅延(レイテンシ)を極めて低く抑えられる点にあります。理論値では1ミリ秒以下の遅延も実現可能であり、自動搬送ロボット(AMR)の制御、機械の予知保全、リアルタイム映像解析といった用途で既存の有線LANや無線LANを代替・補完できます。

セキュリティと閉域性
自社専用のコアネットワークを持つため、通信データが外部のキャリアネットワークを経由しません。機密性の高い生産データや顧客情報を扱う企業にとって、これは単なる利便性ではなくコンプライアンス上の要件を満たすための条件ともなります。

カスタマイズ性
パブリックネットワークでは不可能な、自社の業務フローに最適化したQoS(Quality of Service)設定やネットワークスライシングが可能です。「このロボット群には最優先で帯域を確保し、監視カメラには余剰帯域を割り当てる」といった細かな制御が実現できます。

スケーラビリティ
一度インフラを敷設すれば、接続端末数の増加に対して比較的柔軟に対応できます。IoTセンサーを工場全体に数千台展開する場合も、Wi-Fiのような帯域の奪い合いが起きにくい設計になっています。


なぜ今この議論が重要なのか
プライベート5Gが注目されるようになった背景には、複数の潮流が同時に押し寄せている事情があります。まず、製造業を中心とした「スマートファクトリー」の世界的な加速です。DXという言葉が叫ばれて久しいですが、工場の自動化はいよいよ第2フェーズに入っています。AGV(無人搬送車)、AMR、協働ロボット、AIを使った外観検査。これらは全て、有線では追いつかない「動くものへの無線接続」を必要とします。Wi-Fiでは干渉と信頼性の問題が常について回る中、プライベート5Gが現実的な選択肢として浮上してきました。

次に、クラウドネイティブ化とオープン化の進展です。かつてのプライベート5Gは、特定ベンダーの専用装置に依存した閉じたシステムであり、導入コストが桁外れに高く、中堅企業には手が届かないものでした。しかしOpen RANの普及とクラウドネイティブなコアネットワーク技術の成熟により、ハードウェアコストは着実に下がっています。楽天シンフォニーが推進するようなオープンなエコシステムは、まさにこのコスト障壁を崩す動きの最前線にあります。

さらに、コロナ禍以降の「産業インフラの強靭化」志向も見逃せません。サプライチェーン危機を経験した多くの製造業者は、自社設備への投資と制御権の内製化に舵を切り始めました。自社でネットワークを所有・管理するプライベート5Gは、この方向性と完全に一致しています。

そして技術的な成熟という観点からも、2025〜2026年はプライベート5Gの「実証から実装へ」という転換点にあたります。PoCが終わり、フルスケールの商用展開へ踏み出す企業が現れ始めたこの時期に、「本当にROIは出るのか」という問いに正面から向き合うことは、業界全体の次の一手を左右する議論です。


パネルでも中心的なテーマとなったROIについて
今回の討論のテーマとなったROIについて、少し異なる角度から考えたいと思います。「プライベート5GのROIは出るか」という問いは、本質的に「業務目的が明確な企業に限れば、ROIが出る」という答えしか返ってきません。Cisco Everson氏が述べたように、ITとOTを横断した明確な目標設定があってこそ投資対効果は生まれます。これは正論です。しかし、裏を返せば、導入失敗の責任を「目的設定が曖昧だった企業側の問題」とする言い訳にも繋がりかねません。

技術としての成熟度を測るにあたって重要なのは、「適切な条件下ではROIが出る」という事実より、「適切な条件を整えるための支援を、エコシステム全体がどこまで提案し、提供できるか」ではないでしょうか。明確な目標を持てない企業は導入すべきでない、で終わらせるのか。それとも、目標設定から共に考え、ユースケースを具体化する伴走型の支援モデルを業界として確立するのか。この違いが、プライベート5Gの普及曲線を大きく左右すると思います。


ITとOTの統合という、人間の問題
パネルで浮かび上がった最も示唆深い論点の一つが、ITとOTの分断です。多くの製造業では、工場の制御システム(OT)はエンジニアリング部門が、情報系システム(IT)は情報システム部門が、それぞれ別の予算・別の判断基準で管理しています。プライベート5Gがこの両方をカバーするインフラとして機能するためには、技術的な統合以上に、組織の縦割りという人間的・構造的な壁を越えなければなりません。

これは5G固有の問題ではありませんが、5Gはその性質上、ITとOTをつなぐ統合インフラとして機能することへの期待が高いです。だからこそ、この壁が露わになりやすいとも言えます。プライベート5Gの導入コンサルティングが今後の成長産業になるためには、技術的なシステムインテグレーションよりも、組織変革の文脈において語られる必要がありそうです。


スモールセルとエッジコンピューティングの融合が鍵を握る
Capgeminiの Das氏が言及したスモールセルへのアプリケーション同居は、地味に見えて非常に重要なアーキテクチャ的転換です。従来の発想では、5Gはあくまで接続性を提供するパイプであり、計算処理はクラウドや別のサーバーが担うものでした。しかし、エッジコンピューティングの発展により、5Gの基地局そのものが、考えるインフラになりつつあります。

アセットトラッキング、侵入検知、ビジョンモデルの推論。これらをクラウドに送らず、現場のスモールセル上で即座に処理できるということは、ネットワーク遅延だけでなくクラウド通信コストの削減にも直結します。さらに、インターネット接続が不安定、もしくさ制限された環境(離島の工場、地下施設、機密施設など)においても、自律的に機能するスマートインフラとして成立します。

この「5G+エッジAI」の融合こそが、単純な接続性勝負ではない、プライベート5G固有の競争優位を生む方向性だと思います。楽天シンフォニーがオープンなエコシステムの中で小型基地局メーカーと協力しながらこの領域を押さえることができれば、単なる接続インフラ提供者を超えた、企業DXの基盤プレイヤーとしてのポジションが見えてきます。


Wi-Fiとの共存は妥協ではなく設計思想
Airspan Benson氏の鉄道事業者の事例は、実は業界への重要なメッセージを含んでいます。「プライベート5GかWi-Fiか」という二項対立の構図が業界ではいまだ根強いですが、現場の答えはもっと実務に基づいています。クリティカルな通信に5G、非クリティカルな用途にWi-Fi。これは妥協の産物ではなく、最適化された設計思想です。

この「棲み分けモデル」を企業が受け入れられるかどうかは、ベンダーとSIerがどこまで統合ソリューションとして提案できるかにかかっています。5GとWi-Fiを別々に売り、別々に管理させるのでは、企業の運用負荷は倍増します。単一のオーケストレーション層で両者を統合管理する仕組みの提供こそが、プライベート5Gエコシステムの次の競争軸になるのかもしれません。


製造フロアの「予測可能性」信仰が持つ意味
Day氏の「顧客が求めるのは予測可能なパフォーマンス」という言葉は、製造業のDNAを的確に言い表しています。製造の現場では、最速であることより、常に安定していることの方が価値を持ちます。ピーク時に10Gbpsを叩き出すが、たまに2秒止まるネットワークより、常に100Mbpsを安定して供給するネットワークの方が、ラインを止めない。これが製造現場の現実です。この「予測可能性」という価値基準は、プライベート5Gのマーケティングで重要な切り口です。「高速・大容量」という5Gの一般的な訴求軸は、製造業には刺さりにくいかもしれません。「安定・予測可能・ビジネス成果に直結」という言語で語ることが、エンタープライズ向けプライベート5Gの正しい売り方ではないかと思います。


将来の技術から実装の技術へ
MWCのパネルディスカッションが示したのは、プライベート5Gが将来の技術から実装の技術へと移行しつつあるという現在地です。しかし同時に、ROIを生むための条件整備、ITとOT組織の統合、エコシステム全体の伴走支援体制など、技術的な成熟とは別次元の課題が依然として山積していることも明らかになりました。プライベート5Gが真に企業ネットワークの未来になれるかどうかは、技術の性能ではなく、それを企業の現場に根付かせるための「人・組織・エコシステム」の設計にかかっています。楽天シンフォニーが推進するオープンで協調的なアプローチは、その意味でまさに正しい方向を向いていると言えるでしょう。​​​​​​​​​​​​​​​​


Is private 5G ready to be the future of enterprise networking? Experts weigh in during MWC panel discussion

https://symphony.rakuten.com/blog/is-private-5g-ready-to-be-the-future-of-enterprise-networking-experts-weigh-in-during-mwcb26-panel-discussion

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